どうだん躑躅
「可愛い子を見つけたんですよ」
と笑って説明した。マキはそうなのかと頷いた。
夏休みが終わったばかりの9月である。残暑が厳しい。まだ8時なのに30度は有るだろう。
節約のためにバスの冷房は切ってあった。
翌日もバスがさくら高校の前を通ると歩は窓ガラスを叩いた。
今日は渋滞に巻き込まれ高校生の登校時間と外れていた。生徒は1人も見かけないのである。
マキは田中先生の言ったことが間違いだと気付いた。
歩は知的障害者で話すことがほとんどできないが、単語を言葉に出来た。
「どうしたの」
「み・ず」
「我慢してね。直ぐに学校だから」
「み・ず」
マキはそのまま自分の席に戻った。
学校に着くと歩に水を持って来たが歩は飲まなかった。
翌日も歩は窓を叩いた。
マキは窓の先を見ると、どうだん躑躅の生け垣の葉が茶色になっていた。生け垣は100メートルほどあり、青い葉を残しているのは300本は有るだろうなかの5,6本である。
マキはこの小さな花が綺麗だなと思いながらバスから眺めていたことを思いだした。
養護学校に赴任したばかりで、自分にこの仕事が出来るのかと不安だらけの時であった。
マキは帰宅の時わざわざ遠回りをして車から降りどうだん躑躅の花を見たのである。
白いアンテックなランプの様な花はマキを勇気づけてくれた。
マキは高校に電話で知らせようかと考えた。
しかし、考え直した。
そのことで傷が付く方が出るかもしれないからだ。
校長、事務長のどちらかは管理能力を問われるかもしれない。また用務員もそうなるだろう。
異常な日照りである。
草木は犬や猫よりも自分の意思表示が出来ない。
歩と同じバスに乗りながらなぜマキは気が付かなかったのかと恥ずかしく思った。
又、素直に電話が出来ない自分にもじれったくなった。
明日になればまた歩は窓を叩くだろう。
マキは校長に願い出た。
「体験教育で高校の生け垣の散水をしたいのですが・・」
と言いだしいきさつを説明した。
相手の校長も受け入れてくれた。
朝の7時から1時間10人の生徒が参加した。夕方は高校の方で散水することになった。
まだ始めて2日である。
秋の紅葉は見られないが、来春に芽吹いてくれることをマキは願った。
歩君ありがとう。優しい気持ち ありがとう。