電話にまつわるへんな話
相手はだれ?
掃除をしているとき電話が鳴った。
「はい。△△です」
出ると、男の声で親しげに名前をいわれた。
「K子ちゃん?」
「ええ、そうですけど……」
「おれだけど、わかる?」
「もしかして、Aさん?」
こんな時間に電話をかけてくるのは保険会社の営業マンのAさんくらいだ。
すると相手はそうだという。
「なに? また保険につきあえって? だめよ。もうめいっぱいなんだから」
Aさんとは実家にいた頃から家族中で懇意にしているので、気を許したわたしはぺらぺらしゃべり出した。
「そうじゃないよ。ちょっとつきあってくれないかな」
なんだか様子が違う。それによく声を聞くとAさんとは違うような気もしてきた。
「なにそれ。ねえ、ほんとうにAさん?」
「うん。そうだよ」
「声がちがうじゃん」
「いや、風邪ひいちゃってさ」
「ほんとう?」
「とにかく、K子ちゃんの行きたいところに連れて行ってあげるから」
「別に行きたいところなんてないもん。でも、なによ、さっきから」
「うん。実は仕事で失敗しちゃって……」
賢明な読者はここで、この男が金を貸してくれと言うと思うだろう。
さもありなん。
ところがどっこい、違うのである。
Aさんだと思い込んでいるわたしは、すかさず言った。
「失敗って、自分の不注意じゃん」
この数日前、Aさんは車上荒らしにあって、現金と大事な書類を奪われ、会社から大目玉を食ったばかりだった。しかし現金は顧客から預かったものではなく、自分の小遣いだったのでそれは不幸中の幸いだった。
現在は保険料の集金はやっていないが、当時は銀行の口座振替と集金扱いが半々だった。大量の顧客を抱えていれば集金の金額半端ではないはずだ。
そのとき、車上荒らしにあったとAさんがしょげてうちにやってきて、愚痴を言ったので、わたしはてっきりそのことだとばかり思った。
このあとも男は話し続けるのだが、どうもAさんとは違うようだ。
ところが相手はわたしが疑い出すと、「風邪ひいちゃって」という。
いい加減相手をするのがばかばかしくなってきたところで、運良くだれかが玄関にやってきた。わたしは来客だからと受話器を置いた。
しかし、来客が帰ったあと、また電話が鳴り、でるとその男だった。
電話番号を知っているということは自分の知り合いなのだろう、と思うとそうそう邪険にもできない。相手はさかんにどこかにドライブに行こうと言う。
とうとう面倒くさくなったわたしは「今日はPTAの会合があるから」(それは本当)と言って電話を切った。そのあとはかかっては来なかった。
それにしても、わたしは不愉快で気分が収まらない。今度Aさんにあったら文句の一つも言ってやろうと思っていたら、次の日、当のAさんがしれっとしてわが家にやってきたのだ。
もちろん、わたしの開口一番は、
「何よ。昨日の電話は」
である。
ところが、Aさんはぽかんとしている。わたしは昨日の電話のことを話すとAさんは
「昨日は出張で、こっちにはいなかったよ。第一そんな電話するほど暇じゃないよ」
というのだった。ついでに奥さんとはラブラブだとも。
Aさんへの不審と誤解は解けたが、相手が誰だったのか、わからずじまいの出来事だった。
作品名:電話にまつわるへんな話 作家名:せき あゆみ