月も朧に
「あ、その顔は、何か良い案があるんじゃねぇか?」
「はい、兄さん、最後もう一度」
答えの代りに師匠から江戸弁の指摘が入った。
「あんじゃあねぇか?」
「はい、さっきより良くなりました」
「で、考えは?」
なぜか渋る永之助。
佐吉は聞きたくて仕方なかった。
「聞かしてくれ。な?」
不安げに永之助は言った。
「……笑いませんか?」
「わらわへん。言ってみ」
その言葉に気を許したのか、永之助はやっと語り始めた。
「わたしたち若手で、一から十まで企画運営するんです」
「若手花形とは違うんか?」
「はい。掛ける演目、配役、指導を仰ぐ先輩方、すべて自分たちで決めます。
演目の世話物には新しい演目を作って掛けるんです。その新しい本は、若手の狂言作家に書いて貰います。背景画も、若手に頼みます。後見も、黒御簾さんも、すべて若手でやるんです」
あっけにとられ、ポカンとする佐吉に、不安そうに永之助は聞いた。
「……やっぱり笑いますか?」
「いいや。一気に聞いて、驚いただけや。笑うヤツおったんか?」
「……はい」
暗い顔が佐吉は気になった。
しかし、彼は全く笑えなかった。
「どこに笑える要素があるんやろな。それ、やりたいわ。いや、やれるで絶対」
「……そうですか?」
「手伝うさかい、やろうや」
「ほんとですか?」
「せやけど、まずは仲間増やさんとな。その笑ったやつにしか話してないやろ?」
「……はい」
「絶対みんな協力してくれるはずや。そんな笑ったやつはほっとけ。な?」
「……はい」
苦しそうに返事をしたのが、またも気になった。
しかし、それ以上に彼女の計画の魅力が勝っていた。
「今すぐは無理やけど、今のうちから帳面にまとめて置くんや。永之助の考えを。
それにな、名簿も作ろ。賛同してくれる人。参加してくれる人。きっちり纏めるんや。
口だけやったらあかん。目に見える物をまず最初に作るんや」
言い終えたとたん、今度は永之助がぽかんとしていた。
「兄さん、すごい……」
「なにが?」
「才能ありますね。兄さん中心にやれば、もう鬼に金棒です!」
「そうかい?」
そうキザってみたが、またも師匠から指摘が入った。
「はい、もう一回!」
佐吉が永之助に向ける感情。
それは『女』に対するものとはほど遠かった。
それは『自分になつく、可愛い弟』に対するものであり、
『志を同じくする者』に対するものだった。
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(*1)人形振り≪にんぎょうぶり≫
人形浄瑠璃から歌舞伎になった演目=「義太夫狂言」の中で、俳優が人形の動きをまねて演じること。女形の方が多い。
(*2)竹本さん
竹本連中
歌舞伎の「義太夫」をする集団