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城沢瑠璃子
城沢瑠璃子
novelistID. 41389
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廃工場

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小学生の頃の話です。
 その頃、私達の間で一つの肝試しが流行っていました。
 夜中に学校の近くにある廃工場に行くのです。
 どんな種類の工場だったかは判りませんが、もう廃墟になってからかなりの年月が経っていて、蔦は絡まり放題、雑草も伸び放題で遠目に見ても物凄い気持ちになる様な所でした。
 其処に独りで夜中に行って、扉は古びていて壊れていましたから其処から中に入り、工場の一番奥の壁にタッチしてまた戻って来る、それが肝試しの内容だったのです。
 女の子たちはとてもじゃ無いですがそんな所に行こうとは言い出しません。逆に男の子たちはやっぱりそういう所にあこがれるのでしょうね、自分も自分もと夜中にひっきりなしにその廃工場に行っていた様です。
 その肝試しは多分、学校の間で数週間近く続いていたと思います。
 ですが、ある男の子の体験した話によって肝試しをする子はぱったりと途絶えてしまったのです。
 その体験とは、次の様な物でした。
                    ・
 その男の子も、他の人と同じ様に夜中にこっそりと家の人の目を盗んで抜け出したそうです。どの様に抜け出したかは知りませんが、他の男の子も成功しているのですからきっとコツがあるのでしょう。
 兎に角男の子は抜け出すと走って廃工場へと向かったそうです。
 時刻は真夜中近く、京都の街ならいざ知らず、田舎町でしたから誰も通りはしません。
 真っ暗の中、独りで唯只管に廃工場へと向かうというのは中々それだけで勇気の居る事だったそうです。
 廃工場が近づくにつれて男の子は段々と不安になって来ました。
 昼放課に他の男の子たちが話す廃工場に纏わる怪談話が色々と思い出されて不安を増長させました。
 鼓動がドクンドクンと早鐘の様になりながらそれでも、家から十分程でその廃工場へと着いたのでした。
 廃工場の入り口近くにポツンと一つだけ街灯が立っていました。
 誰ももう入る筈の無い場所に何故街灯が付いているのか。
 元々そういう設計だったと言えばそれまでですが、男の子にとっては異常なまでに不気味だったそうです。
 街灯の下まで歩いて行くのにかなりの時間を要しました。
 行くべきか行かざるべきか。
 頭の中で逡巡しつつ、それでも扉の前で青白い街灯の光に照らされながら迷っていますと、突然後ろからビュウッという物凄い風が吹いて来たのです。
 途端に。
 ギィイイイ……。
 という音がして目の前の錆びてボロボロになった扉が内側に開いたのです。
 そうして工場の中が男の子の目に飛び込んで来ました。
 何も無かったそうです。
 多分昔は色々な機械が置かれていたのでしょうが、その時にはもう撤去されていたのでしょう。ガランとした工場の中に街灯の光がスッと入ってちょっと奥の方まで照らし出します。其処に男の子の影が映っていて、それを見て男の子は思わずビクッとなってしまいました。何かお化けか何かだと思ったのですね。それでも良く見れば自分の影ですから男の子は一先ず安心して、早く肝試しを済ませてしまおうと思って中に一歩入ったのです。
 途端に。
 バッシーン!!
 という音がして扉が閉じられてしまったのです。
 風のせいではありません。
 誰かが扉の外側にいて閉めたとしか考えられない状態でした。
 街灯によって照らされていた光が一瞬にして消えて、辺りは本当の暗闇に包まれてしまいました。
 廃工場ですから壁に破れ目の一つ二つはあったでしょうが、真夜中です。光なんて入って来ませんから、男の子は本当に今まで経験した事の無い様な暗闇の中にいきなり放り込まれてしまったのです。
 その時に男の子が挙げたのは悲鳴ではありませんでした。
 奇声、だったそうです。
 まるで獣か何かの様な奇声を男の子は鋭く上げて狂った様に扉であろうと思われる場所をドンドンと叩いたり引っ張ったり押したり、挙句の果てには体当たりもしたのですが扉はうんともすんとも言ってはくれませんでした。
 そうやって暫く体当たりを続けていたのですが、しまいに男の子は疲れてしまってその場にへたり込んでしまったそうです。
 ハァハァ、と男の子の息遣いばかりが闇の中に響き渡ります。
 着て来たTシャツは汗でグッショリで、全身に鳥肌が立っています。
 ハァハァ、ハァハァ、ハァハァ、ハァウィィィン……。
 男の子は其処でハッとなりました。
 今、確かに息に紛れて何かの音がしたのです。
 そう、丁度機械音の様な音でした。
 そう思った途端に違う鳥肌が男の子の肌を襲いました。
 さっき、街灯の明かりに照らされて工場の中を見た時には確かに、確かに何も無かったんです。機会何て無論ある訳が無いのです。
 なのにさっき確かに機械音が耳に聞こえて来ているのです。
 これは一体……。
 其処まで考えて男の子はサッと立ち上がりました。
 その時でした。
 ウィィィィィィィィィン……。
 工場に大きな機械音が、しかも一つだけでは無い複数の機械音が同時に聞こえて来たのでした。
 其処で男の子は今度は悲鳴を上げてもう一度扉の方へ体当たりを始めたのです。
 ドン、ドン、ドン、ドン……。
 何度も何度もおかしくなったかの様に扉を押し続けました。
 そうして何度目かに扉に体当たりをした時でした。
「オレ、ここで死んだんだ」
 耳元でそんな声が聞こえた途端に扉がバッと外側へ開かれたのです。
 男の子は悲鳴を上げながら外へと転がり込みました。
 真っ暗だったそうです。
 月明かりだけがぼんやりと周りを幽かに照らしていただけでさっきあった筈の街灯は上を見ても何処にも無かったそうです。
 其処で男の子はもう一度恐る恐る後ろを、さっき体当たりして出て来た扉の方を振り返ったのです。その時には既にその機械音は聞えていませんでした。
 扉は開いていました。
 その後ろには、物凄く濃い闇が広がっています。
 有り得ない程に黒かったそうです。
 その闇をジッと見ていると、スッと何かが闇から出て来ました。
 真っ白な手だったそうです。
 その手は扉を静かに掴むと、ゆっくりと扉を内側に引いて閉めてしまったのだそうです。
 その途端にまず男の子が考えた事は、あ、この扉、内開きじゃ無くて外開きだったんだ……という事だったそうです。
 その後で少年が悲鳴を上げながらその場から逃げた事は言うまでもありません。
                   ・
「最初に扉が風で開いた時には確かに、内側に開いたんだよ……でも、あの扉は外開きだったんだ……」
 男の子はそう顔を蒼くして語ってくれました。
 この男の子の体験が広まって、廃工場で肝試しをする人は全く居なくなってしまったのです。
 あれからかなりの年月が経ってあの廃工場はどうなってしまったかは知りませんが、あそこで果たして過去に何があったのか、私は怖くてとても調べる気にはなれないのです。
作品名:廃工場 作家名:城沢瑠璃子