小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私が運んだモノ

INDEX|1ページ/1ページ|

 
私が運んだモノ


 私は学生時代、一人暮らしをしていた。今は実家暮らしであるが、大学は実家から遠く、自宅通学は不可能だったため、私は大学の近場に部屋を一つ借りたのだ。
 家賃は三万弱程の古い安物件であるものの、隙間風も少なく外もそう騒がしくない良物件だった。昔から三度の飯より節制を好んだ私は、度々友人から体調の心配をされる程だった。
 本題に入ろう。これは梅雨明けの初夏、大学の前期試験が始まる頃の話だ。梅雨明けの青空と強い日差しは覚えており、その事件とは裏腹に始まりは清々しい物だった。

 当時、私は金欠に喘いでいた。趣味は節制である私だが、その頃は引っ越したばかり、アルバイトも始めたばかりで、備蓄はそれほどなかった。その為、払いの良く時間の都合が付け易いアルバイトを探していたのだ。故に、友人の誘い乗ってしまったのも、仕方なかったと今でも思う。
「割の良いバイトがあるのだが」
 友人曰く、時給大体一万で日払いという、破格とも言える割の良さだった。
 怪しくはあった。しかし時給一万の日払いというのは、非常に魅力的だった。背に腹は代えられなかったのもまた事実。
「どんなバイトなのさ?」
 故に、こうやってその話を広げてしまったのも、仕方なしと言える。
 思えば、あまり信頼できない友人だった。妙な知人を多く持つ友人で、底の知れない不気味さを持っていた。
「何、個人的な運送業だよ。お前さん、確か車の免許を持っていたろ。だからな、車の運転を頼みたいのさ」
「ふーん。しかし、そんな良く分からないバイト、あまり気が進まないよ」
「大丈夫。俺も同乗するよ。一人で運ぶにはちょっと荷が重い代物らしく、二人いた方が良いって、先方は言っていた」
 それならば、と私はその誘いに乗ったのだった。

 仕事を請け負った翌日、待ち合わせ場所として指定された公園までレンタカーを走らせた。友人は既に公園で待っており、依頼主とコーヒーを飲んでいた。
「それじゃあこの段ボール箱を、山梨まで頼みます」
 人の良さそうな顔を持つ中年の男だ。その男が乗ってきたのだろうか、その車の中の段ボールを指差した。段ボールは一抱えほどあるサイズの物で、見た目の割に中々重い代物だった。確かに、これは一人で運ぶには荷が重い。文字通りの意味だった。
「生モノなので、できれば早めにお願いします。一応保冷剤で冷やしていますが、半日と持たないと思うので。あ、コーヒーでもどうぞ」
 レンタカーのカーナビに目的地を入力しながら言う。私は手渡された珈琲を片手に、その注意を頭に入れる。
「あ、コーヒーは私のおごりなので、気にしないでください。それでは、よろしくお願いします」
「それじゃあ、行こうか。おいちゃん、どうもお疲れ様ですっ!」
 友人の大声に後押しされながら、依頼主はその場を後にした。私は友人と共にレンタカーに乗車すると、山梨に向かってアクセルを踏んだ。
 二時間ほど中央自動車道を走り、河口湖インターチェンジを降りて三十分程走っただろうか、カーナビで指定された待ち合わせ場所に辿り着いた。そこにはスーツ姿の男が二人、安っぽいバンに乗って待っていた。
「お疲れ様。それじゃあ、これが今日のお手当だよ。行きと帰り、二人合わせて込み込み十万で良いかな?」
 そう言いながら、銀縁の眼鏡をかけた男が封筒を手渡してきた。友人は、もう一人の男とバンに段ボール箱を積み替えていた。
 それにしても、本当に破格だ。四時間ほどの拘束時間で一人頭五万でしかも手渡し。費用等を差し引いてもやはりおかしな値段だった。
「はい。お疲れ様です」
「お疲れさん。またよろしく頼むよ。あ、そうそう。この仕事はあんまり口にしちゃ駄目だよ。会社にばれたら色々面倒だからね。おっちゃん、偉い人に怒られちゃうのよ、お前がしっかりしてないからこんな面倒なことになるんだ、って。それじゃあ、また頼むよ」
 そう言いながら、男たちは段ボール箱を詰め込んだバンに乗り、いずこかへと去って行った。

 その後も、時折友人から仕事の誘いがあった。その度に段ボール箱を山梨まで運び、帰って来るだけの簡単な仕事だ。仕事の依頼は不定期で、音沙汰なしの月もあった。
 その日、久しく友人から仕事の話が持ち上がった。今回、レンタカーは必要ない、とのことだった
「あれ、アイツはまだ来てないんですか?」
 その日、珍しいことに友人よりも私の方が早く待ち合わせ場所に来ていた。
「彼は運の悪いことに風邪を引いたらしくね。幸か不幸か、今日は私の手が空いているから、今日は私が案内するよ」
 そう言いながら、男は車から段ボール箱を下ろす。私もそれを手伝い、レンタカーに積荷を載せた。
「それじゃあ、行こうか。私は山梨にそのまま残るから、君はいつも通り給料を受け取って解散で良いよ」
 自身が乗ってきた車には、もう一人見た覚えのない男が乗っていた。あまり付き会いたくない類の男で、ちらちらと私の顔を覗き見していたのが印象に残っている。
「あとはよろしく頼むよ。またあとで連絡するから」
 その妙にガラの悪い男に向かって、依頼者の男は言った。ガラの悪い男は一つ頷き、車を走らせ何処かに消えた。
 その日の車内は静かな空気に包まれていた。何せ、あまり面識のない男と同じ車内だ。会話が弾みようもない。
 その日、どうせなので私は依頼主に前々から気になっていたことを尋ねてみた。
「あの段ボール箱って、中に何が入っているんですか?」
 男はつまらなさそうに窓の外を眺めながら、その問いに答えた。
「ああ、あれはお肉ですよ。業者に頼む時間も手間も掛かりますからね。たまにあっちの人、仕入れを忘れちゃうんですよ。だから君たち学生を雇っているのですよ」
 その妙なそっけなさが、少し不気味だった。私は受け取った珈琲に口を付けながら、半ば無言で車を走らせるのであった。

 その日はいつもと同じように荷物を男たちに渡し、給料を受け取って家路に付いた。今日は少し多めだった。帰路の道中で、私は友人から空メールを受け取った。私は友人に電話をする。
 しかし、コール音は鳴り続くだけだった。いつまで経っても友人は電話を取ることなく、業を煮やした私は携帯電話をポケットにしまい、自宅へと足を向ける。
 以来、私はその友人と会っていない。大学の授業にも出なくなり、友人はひっそりと私たちのコミュニティから姿を消したのだ。友人が紹介したアルバイトとも、それで縁が切れた。アルバイト先と連絡を取っていたのは友人だから、それも当然の話ではあるが……。
 後に、私は山梨、青木ヶ原樹海にまつわるこんな話を聞いた。曰く、青木ヶ原樹海は、その手の人間が良く死体を棄てるという。何故ならば、そこで見つかった死体は十中八九自殺として処理されるからだという。
 樹海。肉。消えた友人。あの日私が運んだモノは、一体なんだったのだろうか。
作品名:私が運んだモノ 作家名:最中の中