未完完結
「ミキが着替えてる間に俺が飯作る。昼間行ったら何か発見があるかもしれないだろ?」
私はこの好奇心旺盛な甥に、『好奇心は猫をも殺す』という言葉を教えてやりたくなった。
だが自他共に認める料理下手な私にとって甥の作る食事は稀に食べる事の出来る美味しい手料理というもので、かなり嬉しい。お言葉に甘えて、私は着替えるために寝室へと引っ込んだ。ここ最近使われた形跡の無いベッドが徹夜続きの私を襲う。だがここで寝てしまうと食事を得られないばかりか長々と甥の小言を喰らう羽目になる。……下手をすれば昔のことまで引き合いに出して語られ、丸一日寝かせてもらえない事だってあるのだ。さあ寝てくれ、と言わんばかりのベッドから無理やり目を離し、大して大きくも無いクローゼットから適当に服を引っ張り出した。右手にクリーム色のパーカー、左手に白のロングTシャツとチェックの半袖シャツ。下はジーンズで良いとして、さてどちらにすべきだろう。優柔不断な私はいつもこうして外出時の服装に悩むのだ。部屋着であるくたびれたグレーのスウェットを脱ぎ捨て、服を持ったまま寝室を出た。
「ねえ秋、どっちが良いかな」
洋風の朝食にするのかスクランブルエッグを作っている甥の背中へと声をかける。裸の上半身に油が散ると嫌なので少し離れた所からだったのだが、振り返った甥はフライ返しを手に目を丸くした。
「なんで上着てないんだよ、その格好で出て行く気か?」
「違うから。どっち着たら良いのか悩んでるんだけど……君はどっちがいいと思う?」
「……ちょっと肌寒いからパーカーにしとけ」
ぱちぱちと油が音を立てるフライパンに目を戻しながらの言葉に、確かに寒そうだと納得した私は左手に持っていたシャツ二枚をソファに放り投げパーカーを着ることにした。やはり誰か自分以外がいてくれる方が物事は早く決まる。普段より遥かに早く決まり、私の機嫌は上昇した。それに止めを刺すように美味しそうな朝食の匂い、私は緩む口元を隠しもせずに食卓についた。寝室から歩いてきたときには二つのカップはなくなっていたので、恐らく甥がついでに片付けてくれたんだろうな、と思った。何かと細かいことに良く気のつく学生なのだ。
「ミキ、皿二枚出して。トースト焼けてるから付けるものも一緒に出してて、俺マーマレードで」
「はいはい」
私はマーマレードを食べないのだが、この甥の大好物のためになぜか常にストックされている。まあそれもこの美味しい朝食やこれまでの食事代を思えば安いものだ。
二枚の皿の上ではほかほかと湯気をたてるスクランブルエッグとベーコン(私が作ると情けない事にただの消し炭と化してしまう)。私としてはゆっくり味わって食べたかったのだが、好奇心の塊である甥が目の前に居るとそうもいかない。早く食え、早く食ってマンションに行くぞと口より雄弁な目がそう急かす。不本意ながらも私は久しぶりのまともな朝食をかき込む羽目になったのである。