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モノクロ画面

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私はあまり人が通った形跡のない傾斜のある細い山道を歩いていた。誰も歩いていなかったし人の声も聞こえてこない。奥の院という案内標識と矢印を確認してからずいぶん時間が経っている。どこかで道を間違えたのだろうか。こりゃあ戻ったほうがいいかなと思い始めた頃、道がなだらかになって道幅も少し広くなった。見通しがよくなりそれが見えた。木々に囲まれて普通の神社を縮尺4分の1にしたような小さな神社が。

神社の前には庭も石段もなかった。神社自体は建て替えたのだろうか、木材の色も新しさがあり、有り難みも感じられない。私は、はぐらかされた思いをしながらも諦め切れずに裏側に回ってみた。浅い洞窟があり、祠が見えた。ここまで来たのだからという気持ちと怖い物見たさで傍に寄っていった。薄暗くひんやりと感じる空気。苔か茸の匂いだろうか時間と空間をあいまいにしてしまうような匂いに包まれて、気持ちを不安定な状態にしてしまっている。

祠には赤い衣裳を纏った小さい石像があった。小さくて表情のわからない顔だなあと見ていると、その顔が動いた。あきらかに私を方を見て笑い顔になった。えっ! 私は自分の身体が細かく震えているのを感じた。思わず半歩後ろに下がった。腰に力が入らなくてしゃがみ込みたいと思った。

頭のどこかで、気のせいだろうとい声がする。勇気を振り絞って、私は石像の顔を見た。無表情な目鼻立ちもよくわからない顔だった。まだ震えの余韻のある身体だが、やはり気のせいだろうと思い込むことにした。少し落ち着いてきて、私は祠の後方に石碑のようなものがあるのを見つけた。この浅い洞窟は岩をくり抜いて作ったのかもしれない。そして正面奥に碑を刻んだのだろう。

碑全体が額縁状になっていて、動物をデフォルメしたような模様が見える。そして四角く浅く削られた面。もうすり減ったのだろう文字の名残が見えた。何を書いてあるのか一文字でも読めるかなと目を凝らして見ていると、四角い面全体がグレーの色に変わった。あれっ、何? 私は石碑全体に見てみる。額縁は普通の岩の色だった。四角い面だけが色が変わって少し動いていた。もう遙か昔に見た受信状態の悪い白黒テレビそのもののようだった。

気のせいかザザザザというノイズも聞こえている気がする。私はもう、為すすべもなくその画面に釘付けになってしまっている。白黒画面は少しずつ形が分かるようになった。

女性だ。もしかしたら美人だった名残の見える顔の造りだが、ものすごい表情のゆがんだ女性の顔が私を見ている。私はもう崩れるように腰を落としていて、たしか悲鳴をあげた筈なのに、何も聞こえていない。画面の中からも音は無い。私は「違う違う。オレは何もしていない!」と必死に叫んでいた。その女性は歪んだ口から何か言葉を吐き出しているようだが、声は聞こえていないし、それ以前に恐さのあまり言葉を聞き取る余裕もなかった。

白黒画面どころか、視界全体がモノクロになっていて、私は自分の震えが限界にきて無感覚になっているのを頭の端のほうでかろうじて自覚していた。しかし、記憶はそこまでだった。

    
    *      *       


私は待っていた。奥の院まで来る者もあまりいないし、まして後ろにある洞窟まで来る者はいつ現れるのだろう。おそらく私の顔はものすごくゆがんで醜悪になっていることだろう。



作品名:モノクロ画面 作家名:伊達梁川