ひとつだけやりのこしたこと
4/21夜の電話
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つださん、4年後の約束破ってほんとうにごめんなさい。つださんをとても傷つけてごめんなさい。
・・・うん。でも、あの頃、さとみは嘘をついたわけじゃないよね、つださんに合わせて心にもないことを言ったわけじゃないよね。
うん。あのときほんとうにそう思ったんだよ。絶対につださんと暮らす、って。嘘じゃなかったよ。嘘をついたことは、一度もなかったよ。
うん。信じるよ。ここ何日か、さとみのことを信じる気持ちが揺らいでいたの。さとみへの不信に悩んでいたの。ごめんね。でも、いまのさとみの言葉を、わたしは深く信じられるよ。
(さとみの沈黙)
・・・わたしね、こころの深いところでは、もう決まっているような気がする。
・・・・なに?
わたし、ケンちゃんとも一緒に暮らさない。
・・・・それって、昨日の電話でちょっと聞いた、第3の選択肢ってやつのことだね。
うん、どちらとも暮らさないで二人とも友達。
わたしとも、もう、恋人に戻ることも、ないんだね。
うん。
(泣くな。電話を切ってから泣け。いまは、泣くな。さとみの新しい出発だから。)
ケンちゃんといるのはすごく楽しいの。つださんとも違うの。いままで感じたことがない不思議な感じだから、うまく表現できないけど。
でも、もう、男の人と暮らしたくないの。暮らしたら、わたしのいやなところが眼について捨てられちゃいそうな気がするの。
そうなんだ。ねえ、それ、たかしとのことがトラウマになっているんだね。
わたし、誤解していた。わたしとは嫌でもケンちゃんとはいいのかと思っていた。いま、初めてわかった。
わたしもね、やっとわかったの。自分がどう暮らしたいのか。
それにね、わたしいまの暮らしがすごく自由ですごく楽しいの。一人で暮らしたいの。
一人だからこうしてつださんと長電話もできるでしょ。ケンちゃんと暮らしたらできないでしょ。
そうか。さとみは生まれて初めての一人暮らしだものね。ずっと誰かの世話をして、自分の時間なんてなかったんだよね。いまはようやく手に入れた自由の方が大事なんだね。
それと、いまは、誰とも将来の約束をしたくないの。
・・・なんで?
いまのわたしは約束を守れないひとだから。傷つけちゃうから。いまは確かにこう感じていても、また、変わっちゃうから。
あの、6月は、どうなるの、来るの?
行くよ。つださんがいやじゃなければ。
死ぬほど来てほしいよ。セックスは?つださんはすごくしたいけど。
ケンちゃんとどうなっているかによるかな。
さとみ、じゃあ、ケンちゃんにだめ、って言われたらしない、ケンちゃんの気持ちを優先する、ということ?
・・・
それじゃ、自分で決めた生き方じゃないでしょ。ケンちゃんがどう言おうが、するかしないかはさとみが決めることでしょ。
そうだね。うん。じゃあ、その時わたしが自分の気持ちに聞いてみる、それでいい?でも、なんだか、つださんに会ったらしたくなっちゃいそうな気がするな。それで一回したらいっぱいしたくなるかもね。
じゃあ、友達は友達でも、セックス付きの友達、っていうやつだね。
ただの友達じゃないよ。一番大切な親友だよ。わたしの全部の人生で一番。これだけ何でも話し合える人は絶対いないもの。
ケンちゃんは?ケンちゃんもセックス付きの親友?
親友だけど、セックスの方はまだわからないな。この前深夜にドライブしたの。その時も、たぶん、わたしの「少し考えさせて」というのを尊重してくれているんじゃないかな、ふつうに楽しい会話をして別れたの。ケンちゃんは急がないみたい。いずれそうなるのかも知れないけど。
いい人だね。さとみを大切にしているんだね。一緒に暮らさないけれどいつか「友達」から「恋人」になるかも知れない、ということ?
ううん、「恋人」じゃない。あのね、「恋人」とか「友達」とか、どの言葉も違うような気がして、なんて言ったらいいのかわからないの。
そうだね、言葉なんてどうでもいいね、そんな言葉に人間を当てはめなくたっていいよね。
ケンちゃんは、さとみがちゃんとさとみの出した結論を伝えた時、わかってもらえるかな、きっとわかってもらえるよね。それとも、両方なんて許されない、どちらか一方にしろ、って言うかな。
それは言ってみないとわからない。わたし、うまく伝えられるか、自信がないけど、一生懸命、言ってみる。
ねえ、さとみ、6月のあとは?
いままでみたいに決めておくのじゃなくて、会いたくなった方が提案して、その時の都合と二人の気持ちでそのつど決めよう。
わかった。
それでね、いつか、やっぱりつださんのところで暮らしたいと思ったら、そしてそのときつださんも一人だったら、その時つださんにそう言うね。もちろん断られてもいいけど。
うん!
すごいぜいたくだよね。
そうだね〜。55歳で、二人のボーイフレンドとデートやセックスを楽しんで、しかも束縛されないで自分の時間を全部自分で使えるんだよ。こんなしあわせな女性なんてほとんどいないよ。
しあわせすぎて、ちょっと怖いよ。
さとみはね、いままで我慢ばかりして生きてきたのだから、ご褒美だよ。
世間から見ればひどい女だろうね。
男と女のことは、正解なんてないんだよ。対等で自発的で本人たちが納得していればどんな形だってOKなんだよ。まわりがあれこれ言うことじゃない。
それにね、自分の足で歩いて自分の生きたい生き方を探すことはほんとは誰でもできる、だけどそれをしないだけだと思うよ。まわりの目とか、常識とか、誰かを傷つけるとか、そういった配慮よりも大切な、一番大切なことがあるんだよ。自分の人生なんだから、生きたいように生きること。
それができない人が、そうしている人を非難するんだよ。
あのね、わたし、前はそれができなくて非難する側だったよ。それができるようになったのはつださんのおかげだよ。
ねえさとみ。わたしはいますごく悲しくて、胸に穴が開いたような気がする、だけど、それはそれで置いといて、さとみの側から見ればほんとにすてきな新しい出発だよ。そのことはね、わたしはすごく嬉しいの。おめでとうさとみ。
ありがとう。そんなふうに言ってくれるなんて、この世の中につださんしかいないよ。すごく嬉しいよ。
ねえさとみ。わたし最近、何度も何度も、さとみが初めてここに来た時最初に、一緒に桜を見た時のこと思い出すよ。
わたしもあのときの桜をよく思い出していたの。コラソンホテルの桜、あんなきれいな桜、どこにもないよ。
二人っきりだったね。ふざけて笑って。
つださんは寂しがりやだから、早く恋人見つけて。
・・・無理だと思う。62歳の貧乏な百姓を恋人に選ぶ女性がどこにいるのよ。
また趣味人で探せばいいじゃない。長崎か、福岡あたりでもいいんじゃない?
作品名:ひとつだけやりのこしたこと 作家名:つだみつぐ