庶務の僕にできること
出会い
講堂を出て初めに目に付いたのは花壇の前でかがんでいる女の子だった。
講堂は学園の隅にあり、第三校舎から長い渡り廊下を進んだ所にある。その立地のため周りは木々で囲まれ、花壇には花が咲き誇り、休憩用かベンチが置かれ静かで落ち着いた雰囲気がある。
何をしているのだろうと思い見ていると、落ち着いた雰囲気など関係ないように花壇を見つめ、周りを気にしようともせず花を引っこ抜いていた。そのあまりの潔さと迷いのなさに僕はぼうっと見つめているだけだったが、我に帰り思わず聞いてみることにした。
「あの、何してるの?」
女の子の肩がびくっと少しだけ動き、作業が止まった。それもほんの少しの間だけですぐに声が聞こえなかったように花を抜く作業を変わらず続け始める。
質問に対する返答はなかった。
聞こえてたよね。でも、もう一回今度は少し大きめの声で、
「すみま――」
「うるさい!」
女の子に怒鳴られるようなことしたかな。
「いや、ええと……」
「うるさいって言ってるでしょ! 話しかけないで!」
彼女はそう言い、勢いよく立ちあがった。小さい子だなと思っていると彼女は僕の方へゆっくりと振り向いた。
制服を着ていた。初めて着たようにしわ一つなく、リボンの色が赤色だから一年生だろう。瞳の色は鮮やかな碧眼で、吸い込まれそうな強さを感じた。その瞳を支える顔は、十人に聞いたら十人が美人とは言わないだろう。だけど、十人とも人形のように可愛らしいと言うはずだ。でも今は可愛らしい表情は曇り、むすっと不機嫌そうにしていたけれど、彼女の可愛らしさを隠すことはできないようだ。
だめだ。
この瞳を見てはだめだ。
逃げれない。
何から?
彼女から。
漠然とただ、そう感じた。
この思い込みは当たり、後々、彼女と共に多くの時間を過ごすことになるとはこの時の僕には思いつきもしなかった。
「何よ。何か用があるんじゃないの」
「……何してたの?」
「花の下を見てたのよ」
不機嫌な顔を隠そうともしないで彼女は言った。
「なんで?」
聞き返してすぐおかしなことに気付いた。
彼女は今何て言った。
[はなのした]を見てただって?
僕はポケットから講堂で得た手紙を取り出し、もう一度内容を確認した。
「なんでってあなたには関係ないでしょ。って、なによそれ」
「多分、君も持ってる手紙だよ」
僕はそう言って手紙を見せた。
彼女の顔が不機嫌、疑い、驚きとコロコロ表情を変えるのは見ていて楽しい、ばれると怒られそうだな。幸い気付くことはなさそうだった。
「同じ内容の手紙じゃないかな? だから花の下を探していた。そうでしょ」
彼女はスカートのポケットから手紙を取り出し広げて見せた。
そこには僕の手紙の内容と同じことが書かれていたが、
「あなたの手紙にはPSが書かれてるのに何で私のには書かれてないのよ!」
そう、彼女の手紙にはPSの部分はなく、それ以外は僕の手紙と一緒だった。
「なんでだろうね。そういえば君はどこでこの手紙を手に入れたの? 講堂ではないようだけど」
「教室の机よ。あなたは違うの?」
「僕はさっき講堂でこの手紙を見つけたんだ。でも、講堂じゃないなら何でこんなところにいたんだい?」
僕は講堂で手紙を受け取ったから、ここにいる。だけど彼女は何でこんな学園の端にいるのだろう。
「ううぅ……」
顔を赤らめ表情は俯いている。まるで照れてるようだ。
「どうしたの?」
「うるさい! どうだっていいでしょそんなこと!」
彼女が教室から離れた講堂の花壇に来ているのには何らかの理由があるはずだ。もしかしたら、鍵の在りかがわかる何かに気付いてここまで来たのかもしれない。なら、ちゃんと話を聞かないと。
聞くと更に顔の赤みが増した。いったいどうしたんだろう。
何度か聞き、流石にしつこかったかなと思っていると、ぼそっとかすれた声が聞こえた。
「ごめん、聞こえなかった。何だって?」
「だから、花がある場所がここしか知らなかったの!」
……ごめんなさい。
「でも、普通新入生だったら花のある場所なんて知らないよ。そんなに恥ずかしがることないと思うよ」
「ま、まあそうなんだけど」
顔を少し緩めて照れくさそうに言った。
少しは機嫌直ったかな。
ふと、彼女の先程の言葉が気になった。
そういえば、彼女は手紙を教室の机で見つけたと言っていた。
――おかしくないか?
僕は時間の矛盾に気づいたから手紙を受取れた。僕以外の人間でその矛盾に気づけば誰だって手紙をうけとることができたはずだ。
でも、彼女は?
「手紙を見つけた机って君の机なの?」
「うん」
なるほど、だからか。
「さっき僕の手紙にはPSがあって君の手紙にはなかったって言ったね。それは当然だよ、この手紙の贈り主は君のことを初めから知っていたんだ。だから君の机にこの手紙を入れた」
「だけど……、なんで私のことを知ってたの?」
彼女は不安を隠せないように体を腕で抱きしめ言った。
不安にさせちゃったかな? 気休めかもしれないけど、
「それはわからない。知りたいなら手紙の送り主に聞くしかないよ」
手紙を受け取る人の基準。
何故こんなことをするのか。
今ここでいくら考えてもわからない。
鍵を見つけ扉を開け、本人に直接聞くしかない。
少し不安が和らいだように、ふっと微笑んだ。微笑んだのも一瞬で、すぐに不機嫌そうな顔に戻ってしまったけれど。表情がコロコロ変わる子だなあ。
そんなことを思いつつ、これからのことを考える。
僕は鍵を探す。彼女もそうだろう。だけど学園は広い。一人で鍵を探すのは大変なことだ。
「一緒に鍵を探さない? 学園全体を一人で探すなんて無理だよ」
彼女に提案したが、返ってきた言葉は予想通りというかなんというか。
「嫌よ。私ひとりで鍵を見つけて見せるわ」
仕方ないか。一人で学園全体をさがすのは疲れそうだな。
「ま、まあ、あなたが勝手に私の後をついてきて鍵を探すのは許してあげるわ」
彼女は恥ずかしそうにそう言い、僕に背を向け花壇の花を抜き始めた。
思わずため息が出てしまいそうになったが、それを飲み込み僕も花を抜き始めることにした。
作品名:庶務の僕にできること 作家名:師部匠