ふたつのふたり
重たい空がのしかかってくる。足取りはしっかりと。ヒールを極力鳴らさぬように。
「雨、降りそうよ。あなた、雨……好きだったわよね」
彼女はそっとしゃがみこみ、鞄から線香とライターを取り出した。線香を三本程束から抜き取り、数度失敗した後、火をつける。
「アタシも雨、好きよ。……途中で火が消えちゃうかも。燃え尽きないかもね。許して頂戴」
微笑みながら線香をさす。彼女は墓に笑いかける。
「赤ちゃん、だめだったわ。アタシってほんとだめな女よね。笑いなさいよ」
彼女は笑っている。ふふふ。笑い声が途切れ途切れになり、遂に止み、空を見上げ溜息をこぼす。
「ほんと、だめね。笑ってくれる人も、罵ってくれる人もいない。アンタしかいないのよ。もう、責任、とりなさいよ……」
次第に、涙声に。帰ってこいと罵り、たすけてと喚き、死んでしまえという。
「……もう、死んでるんだった」
涙はこぼれない。意地か、執念か、愛情か。
「ああ、そうそう。アンタ好きな煙草買ってきたわよ。感謝なさい……なんて」
ライターで火をつける。今度は一発でついた。一瞬目を見開き、瞬きをして、口角を上げる。
そっと煙草に口付け、線香の隣に寝かせた。そして呟く。
銘柄なんて何が違うのかしら。
「ああ、このコも雨で火、消えちゃうかもね。アタシ、雨好きだけど、火が消えちゃうのはいやね」
煙は昇る。雨は降る。
「降りだしちゃった。帰るわね。今度はお花、持ってくるから」
アンタはどうして、雨が好きなんだっけ。
――雨かよ。煙草の火、消えちまったよ。
――煙草は身体に悪いんだから、やめときなさいよ。
――ま、お前に子供ができたらやめるかもな。
ほんと、馬鹿よ。ほんと、ほんと、馬鹿……。
だめだわ、思い出せない。こんなに好きなアンタのことなのに。不思議ね。
傘をさした夫婦は、合わせていた手をおろし腰を上げた。
「あら、見て。隣のお墓、煙草があるわ」
「本当だ。墓とゴミ箱の違いもわかんねえのかよ。モラルがねえな」
「ねえ。本当」
夫は、指先で煙草をつまみ上げ、ひょいと投げ捨てた。
「そこらに捨てちゃ変わんないでしょ」
「墓よりはマシだろ」
夫婦は笑っていた。
――アタシ、雨が好きだわ。
――そうか。なら、俺も嫌いになれねえな。