あの日にかえりたい~第四章 思い出
もう克服したと思っていた。
もういなくなったと思っていた。
弱くて情けない私がまだ、いた。
誰かが支えてくれないと
歩けないような。
めちゃくちゃなことを言って
大泣きしたあとに
抱きしめて貰わないと
気が済まない、
駄々っ子みたいだった。
生きていく力が
100%中
30%をきったと思った。
昨日の夜は、もう何も
先のことを考えられなかった。
しみちゃんと話ができて
よかった。
それまで、
相当強がってた気がするし。
弱いのは私だけじゃなかったって
わかったから。
ずっと強いと思ってた秀人にも
思いがけない一面があった。
しみちゃんみたいに
遠くにいても気遣って
支えてくれる人が
私の周りには沢山いるってことも
わかったから。
・ ・ ・
春。
ずっと、一緒にいられると思ってた。
だけど、いったん今日でお別れ。
一緒に人生ゲームをしてた時の
彼のさみしそうな顔が忘れられない。
それでも彼は東京で頑張るだろう。
私は私で、大阪で頑張ろう。
遠いけど、電話くらいできるかな?
もし、できたら
彼の話すいろんな話を
うんうんうん…ってずっと
聞いていたい。
夏。
スーツをめくった先に見える
汗で滲んだ腕とか
暑い日差しに照らされてた笑顔が
本当にキレイで、
うしろ姿を追いかけながら
私は、
この人について行きたいと
思った。
久しぶりの再会のあとも
心の奥でずっと彼を思って
彼の将来と自分の将来を
重ねてみたりして
そうしてたら
離れててもさみしいなんて
思わない。
秋。
初めて自転車で二人乗りをして
照れ臭いけど、
嬉しくて。
嬉しくて。
背中越しに
この人のお嫁さんに
なりたいって思った。
そんなこと言えるはずも
なくって、代わりに
重くないの?って聞いてみる。
重くないよ。
淡々とした声。
その声すら愛おしい。
もう胸の中は、彼でいっぱいで
どうしようもない。
こんなにも、人を好きになれるんだ
と思った。
冬は、
2人の誕生日があった。
クリスマスも
バレンタインデーもあった。
お互いにささやかなものを
プレゼントして喜びあったりして。
でも、今年はずいぶん
離れてしまったな。
彼と同じ位置に立ちたくて
うずうずしてる。
私ももっとキレイになろう。
頑張って、輝いて。
次会った時、
驚いた顔をして嬉しそうに笑う彼に
サヨさん!って呼んで
もらえるように。
携帯の中のメモの羅列に
私は自分で
赤面してしまう。
こんなにも、秀人のことが
好きだったんだって
今更、思い知らされる。
秀人と知り合ったのは
もう4年も前だ。
出会ってから、1年経つまで、
好きだってことに気づかなかった。
気づいてから
一緒にいられた時間なんて
ほんのわずかだったのに
秀人との思い出は
こんなにもある。
後悔なのか、喪失感なのか、
わけのわからない感情の中で
私は泣いた。
きのうの、秀人の言葉が蘇ってくる。
"サヨさん、
なんでそんな顔すんの?"
"秀人が叶うわけないとかって
いうから"
"え?"
"私は…今までずっと、いつか叶うんじやないかと思ってたよ。いつか、
秀人と恋人になれるんじゃないかって
思ってた"
"僕も、そう思ってたんやと思う。
でも、途中でわからなくなったんや。
多分、僕ら
離れすぎたんやろうな"
私は鉄橋の上にいる。
今日は一段と風が強い。
暮れかかる東京の空が
一望できるこの鉄橋は
当時の私にとって
重要な場所だった。
しょっちゅう来てたことを
思い出す。
泣きたいとき、
ここに来たら泣けた。
ちゃんと泣いたら、次の未来を
頑張ろうと思える。
だから、ちゃんと泣かなきゃ。
私は、もう一度携帯をとりだして
メモを一行ずつ
削除していった。
思い出を
全部ちぎるみたいに。
もう、戸惑うことはなかった。
涙が乾いた頬に
あたる風が気持ちいい。
心が洗われていくような気がする。
全部削除し終えた時、
なんだか清々しいきもちになって、
私は鉄橋をあとにした。
私は悩むために
ここに来たわけじゃない。
私はここに、
決断するために来たんだから。
きっと、
これで良かったんだと思う。
このまままっすぐ
大阪に帰ろう。
作品名:あの日にかえりたい~第四章 思い出 作家名:奥野沙知子