マ・ミ・コ
情けない顔でそう言ったのはコーちゃん。三毛猫で、いつも少し半べそをかいたような顔をしている。
「もう! コーちゃんたら……。あんたはいつもそうなんだから。ママは朝から晩までお仕事頑張って、帰ってからだって休む間もなく夕飯の支度してくれてるのよ。少しぐらい我慢して待つってこと出来ないの? ねぇマーちゃん」
そう言ってマーちゃんに同意を求めたのがミーちゃん。真っ白な綺麗な毛並みにまん丸お目めの可愛い猫で、コーちゃんと年はほぼ同じ。
「そうだよ! ミーちゃんの言う通り。ママは大変なんだよ~。お仕事に、みんなのお世話に。コーちゃん、たまにはお手伝いくらいしてあげれば?」
少しだけ二人より年上のマーちゃんはいつもすまし顔。薄紫の毛並みが優雅で美しいけど、少しだけその美貌を鼻にかけたような雰囲気があって、冷たく感じることもある。
「でも、ボクは……」
コーちゃんが言いよどんだ時に、背後からママの声がした。
「マ・ミ・コ、ほらほら、そろそろおもちゃを片付けなさい。もうすぐ夕飯ができるわよ」
「あっ、ご飯だって!」
泣きべそ顔のコーちゃんが嬉しそうな声を上げた。
「じゃあもうすぐパパも帰ってくるね!」
ミーちゃんがそう言ったのが聞こえたのか、玄関でチャイムが鳴った。
「パパのお帰りよ~。玄関にお出迎えしてあげて。パパ喜ぶから」
ママは料理の手が外せないみたいだ。
「ほら、ママがああ言ってるよ。早くお出迎えしてあげたら?」
マーちゃんがお姉さんぽくそう言った。
「そうだね、仕方ない。お出迎えしてあげるかな」
「パパ、お帰りぃ。今日もお仕事忙しかったの?」
「うん、今日も忙しくてクタクタだよ。ママは?」
「お料理が忙しいみたいよ」
「そうか、今日の夕飯は何かな?」
パパはそう言うと玄関先で鼻をくんくんさせた。
「う~ん、いつもながら美味しそうな匂いだなぁ」
満足そうな微笑を浮かべるとダイニングに入っていく。
「ママ、ただいま。今日の夕飯は何だい?」
「あ、パパお帰りなさい。今日はね、パパの大好物のあじの開きとお野菜の炊き合わせよ。早く服着替えてきたら?」
「うん。そうだな」
パパはママのお尻をさらぁ~と撫でて、そのまま寝室へと向かった。
そんなパパをチラッと横目で睨むように見ながら、ママはクスッと笑っている。
「ねえねえ、今の見た? パパったらいやらしい」
「それは違うよ! 今のは、きっとパパの愛情表現なんだよ」
ミーちゃんの言葉に珍しくコーちゃんが反撃した。
「そうそう! パパとママはラブラブだもんね」
そう言うと、マーちゃんは意味ありげにふふふと笑った。
「マ・ミ・コ! いつまでそれで遊んでるの?」
振り向くと、ママが腰に手を当ててマミコを睨んでいる。
ママはなぜか、マミコを呼ぶとき一文字ずつ区切ったように発音する癖があって、怒っている時は特にそれがより一層はっきりしてくる。
「だってぇ~」
「だってじゃないでしょう! その指人形が大好きなのは分かるけど、さっきも片付けなさいって言ったでしょ。さあ、早く片付けて手を洗ってらっしゃい」
「うん。分かった」
マミコはしぶしぶ手から3匹の子猫の指人形を外すと、洗面所へ手を洗いに行こうと立ち上がった。そこへパパがやってきた。
「なんだ、またその指人形に夢中になってたのか? マミコは本当にその猫たちが好きなんだなぁ」
「うん! ここはマンションだから猫飼えないし、この3匹の猫ちゃんたちはマミコの一番のお友達なんだもん!」
「ははは、お友達か……。マミコももうすぐ幼稚園だろ? そしたらもっと素敵なお友達が沢山できるぞ」
「そうかなぁ。でも、そうだとしても、マーちゃんもミーちゃんもコーちゃんもずっとマミコのお友達だよ」
「さっ、いいから手を洗っておいで。ママが待ってるよ」
「うん。――じゃあみんなここでちゃんと待っててね」
そう言うとマミコは指人形を自分のおもちゃ箱の上に大事そうに置いて、洗面所へ小走りで駆けていった。
3匹の猫の指人形は、両親が共働きで忙しくて、日中はおばあちゃんに預けられるマミコを気遣って、一人ぼっちでも淋しくないようにと、少し前に亡くなったおばあちゃんがマミコの3歳のお誕生日にプレゼントしてくれたもので、今ではマミコの一番のお気に入りだった。
マミコにとっては、友達であり、同時に自分の分身でもあるような猫たち。その名前は、マミコ自身が自分の名前から一文字ずつ取ってマーちゃん・ミーちゃん・コーちゃんと付けたのだった。
ダイニングで家族団欒の夕食が始まると、3匹の猫たちはおもちゃ箱の上から三人が美味しそうに食べる様子をじっと見ていた。その眼差しは羨ましそうでもあり、また喜んでいるようにも見えた。