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この飲み物は、乗り物です。

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   この飲み物は、乗り物です。



                 野尋禾




 歩いているあいだに、機械化されてしまったらしい。
 歩きだす前にすすめられた飲み物がいけなかったにちがいない。
 ショットグラスを差しだした男は、こう言った。
「この飲み物は、乗り物です」
 ふーん、くらいは言ったかもしれない。
 とにかく、そのショットグラスを受け取った。
 一気に煽った。
 なんの疑いもなく。
 一杯おごられて、一杯ぶん機嫌がよくなった。
 と、思ったら、もう店を出て歩きだしていた。
 酔っているから、血のめぐりは早い。
 歩いているから、よけいに早い。
 血液が、ショットグラスの中にひそんでいたものを、全身に運んだ。
 この飲み物は、乗り物です。
 うまいことを言ったつもりなんだろうな。
 わかったような、わからんような。
 飲み物が乗り物なら、俺をどこに運んでゆくんだろう。
 そんなことをぼんやり考えていた。
 時々、意識がとんだ。
 かなり酔っていた。
 にもかかわらず、歩き続けていた。
 転ぶこともなく、よろめくことすらなく。
 機械のように。
 乗り物のように。
 しかし、この乗り物はどこへ向かっているのだろう。
 自宅の前を通り過ぎたのは、だいぶ前だ。
 あれは、たしかに、我が家だった。
 犬小屋の愛犬は、まるで泥棒を見つけたみたいに吠えやがった。
 いつものように。
 一家の主をなんだと思ってるんだ。
 しかし、それもいつものことだから、家人も起きて来なかった。
 お父さん、遠くへ行くことになりそうだ。
 元気でな。
 夜が明けてきた。
 埋立地まで来ていた。
 そこには先客もいたし、まわりにはご同輩もいた。
 みな、うつろな瞳をしていた。
 そのくせ、しっかりした足取りで歩いていた。
 たぶん、みんな終電を逃したサラリーマンだ。
 うっすらと髭の浮いた顔で、朝日に目を細めている。
 周囲は、すでに埋立地の突端。
 人家どころか、倉庫や工場もない。
 まったくただの荒野だった。
 このまま進めば、おそらく海へ落ちる。
 そこまで道が続いているかどうか、わからないが、おそらくそうなる。
 誰もが、その予感を持っている。
 酔いもさめ、朝日に正気を呼び覚まされている。
 足を止め、引き返すべきだとわかっている。
 しかし、足は止まらない。
 いや、強い意志で望めば、止まることができるのかもしれない。
 そんなことも考えるが、試すこともしない。
 流されている。
 やがて、人工の陸は尽きる。
 前方で、言葉ひとつ発せずに、たくさんの頭が消えてゆく。
 そして、私の番になった。
 岸壁から、一歩、踏み出した。
 次の一歩は海面を割った。
 次の一歩は、海水をかき、その次の一歩は、海底を蹴った。
 行列は、続いていた。
 海底を歩いていた。
 ゆらゆらと、背広をゆらし、ネクタイをゆらしながら、歩いていた。
 この飲み物は乗り物です。
 この乗り物は、どこへゆくのか……

                    (了)

2012年08月19日 21時11分20秒