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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~第二部

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 しかし、何度電話してみても、素人の女性ばかりを集めている亜貴の画像が入っているDVDは、いずれも〝モデル当事者の許諾を事前に得ている〟から、会社としては販売を止めるつもりはないと、単なる言いがかり扱いしかされなかった。
 当人の許諾を得ているですって? と、萌は当時、かなり憤慨したものだ。亜貴本人がDVDのことすら知らないというのに、許諾も何もあったもんじゃないと言い張る萌に、夫は冷静に言った。
 恐らく、その画像は隆平が亜貴には内緒で投稿して採用されたものに相違ないが、隆平は亜貴には〝承諾済み〟ということでH社に応募したのだろう、と。
 萌は到底、亜貴にそんな酷いことは告げられなかった。しかし、そのまま亜貴に真実を告げない方がもっと残酷なことになると夫に言われ、結局、亜貴に告げたのだ。むろん、亜貴は最初は全く取り合おうとせず、とうとうDVDそのものを見せて、漸く納得するに至った。
 亜貴はすぐにH社に電話をかけて、当人であることを明かした上で、画像の削除依頼をした。既に販売済みの商品に関しては回収まですることはできないが、今後は亜貴の画像を削除したものを販売するということで、一応、この件は片がついた。
 それでも、亜貴はまだ、隆平を信じていた。画像を勝手にH社に売ったことに関して抗議した亜貴に、隆平は
―新しいカメラを買う費用の足しにしたんだ。
 と涙ながらに語り、謝ったというのだ。
 男の涙に、烈火のごとく怒っていた亜貴もあっさりと許してしまった。
 その後、萌は亜貴と隆平がどうなったかを知らないし、また知ろうとも思わなかった。その頃には隆平はオンボロ下宿から亜貴の豪勢なマンションに転がり込んで同棲するようになっていたけれど―、生活費のすべてを亜貴に出させて平然としているような男が亜貴をただ利用しているだけなのは判っていた。
 しかし、一途に隆平を信じようとする亜季を見ると、萌は何も言えなかった。また、仮に萌が何をどう忠告したところで、亜貴は聞く耳を持たなかったろう。
 亜貴が隆平という男の醜さに自分自身で気づく瞬間を待つしかないと腹を括ってもいた。
 そんな男との関係は、それこそ薄氷一枚の上に佇むような危ういものであったに違いない。
「隆平さんがどうかしたの?」
 そんなあれこれを思い出しながら、萌はできるだけ自分の声が優しいものに聞こえることを祈った。
「あいつ―、あんな男、殺してやる」
―世界中の誰が隆平に背を向けても、私は彼の才能を信じるわ。
 それが口癖だった同じ女の口から出た科白だとは思えない。あまりに物騒な言葉に、流石に萌も焦った。
「亜貴ちゃん、ちょっと待ってよ。殺すだなんて、いきなり話が飛躍しすぎ。何があったっていうの?」
―女よ、女。
 受話器の向こうの亜貴の声はひどく陰気に響いた。断片的な言葉ばかりだが、多分、隆平に女がいたということなのだろう。
「隆平さんに、別の女の人が?」
 我ながら酷く当たり前すぎる質問だとは思ったが、訊かないわけにはゆかない。
―そのとおり。あいつね、高校中退した直後から付き合い始めてた彼女がいたのよ。その女には、二歳半になる娘まで生ませててさ。私、隆平だけじゃなくて、あいつの女と子どもの面倒まで知らない中に見させられてたってわけよ。笑えるじゃない。何でも、今度、相手の女に二人めができたから、正式に籍を入れるんですって。それで、別れてくれって言うのよ。
 事の起こりは、隆平がいつも持ち歩くナップサックのポケットにねじ込んであった一枚の写真だという。
 茶髪のポニーテールの若い女の子と赤ん坊、それに隆平が仲好く寄り添っている写真を亜貴が見つけたのだ。これは何だと問いつめられ、隆平は意外なほどあっさりと白状した。
 これは亜貴には到底言えないが、隆平自身、亜貴との関係に見切りをつけたいと思っていたのではないか。だからこそ、真実を渡りに船と打ち明けたのだ。萌は従姉の話を聞くにつけ、そう思えてならなかった。
―全く馬鹿にしてる。
 会話の合間に、烈しい嗚咽が混じる。
 電話を握りしめ、号泣している亜貴の姿が眼に浮かんだ。
 萌もまた、腹が立ってならなかった。亜貴と隆平は二年も続いていたのだ。ということは、隆平は亜貴と知り合った時、既に内縁の妻と子どもがいたということになる。たとえ正式に結婚していなくても、妻子持ちの男が亜貴を二年間も都合の良いように利用するだけしたなんて。
 亜貴はOL生活で貯めた貯金を切り崩して隆平の〝学費〟に当てていたのだ。実は、その〝学費〟がすべて隆平の女と子どもの許へ流れていたとは! 萌には一度も口に出さなかったけれど、亜貴はその一方で、毎月少しずつ、結婚式の費用にとなけなしの金を積み立てていた。亜貴が隆平との結婚を真剣に考えていたのは明らかだ。
―写真学校にも電話してみたのよ、私。この際だから、全部すっきりさせてやりたいと思って。そうしたら、何と、笑わせるじゃない。もう一年近くも前に、隆平はスクールを辞めてるって言われたわ。
 最早、言葉はなかった。
 ただ烈しい憤りとやり場のない哀しみが萌を支配した。
 この腹立ちは何に対してのものなのか?
 あんな男は止めた方が良いという忠告を聞こうともしなかった無謀な従姉へのもの? それとも、大切な従姉を良いように利用して使い捨てた屑のような男に対しての?
 自分でも定かではなかった。
「これから、そっちに行こうか?」
 控えめに提案しても、亜貴はただ泣くばかりだ。しばらくして、存外にしっかりとした口調で応えた。
―良いの。あんな男、誰にでも熨斗つけてくれてやるわよ。萌ちゃん、私が馬鹿だった。萌ちゃんが言うように、あの時、別れてれば良かったのにね。
 〝あの時〟というのが、例のアダルトDVD事件の発覚したときだというのは判った。あの頃、亜貴は隆平と付き合い始めて丁度半年経った頃だった。確かに、あのときに別れていれば、亜貴はここまであの卑劣な男に利用し尽くされることはなかっただろう。
―突然に電話して、ごめんね。史彦さんにも謝っといて。
 唐突に電話を切りそうになった亜貴に、萌は慌てて追い縋るように言った。
「本当に大丈夫? まさか、その―」
 言い淀む萌に、従姉が涙混じりの声で言った。
―私が自殺したりするタイプだと思う?
「ううん、思わない」
 昔から、亜貴は、はっきりとした性格の子だった。可愛がっていた猫が老衰で死んでしまったときも、泣くだけ泣いたら、けろりとしていた。とことん執着はするけれど、事が終わった後、未練は残さないタイプなのだ。
 その点、のめり込むことはないが、後を引く萌の性格とはまるで正反対。だからこそ、萌と従姉は今でもこうして誰よりも解り合えるのではないかと思う。
「何だ、こんな時間に」
 隣で眠っていた夫が寝ぼけ眼で、眼をこすりながら呟いた。大手自動車メーカーに勤務する夫は萌とは二歳違いで、萌たちは昨今では珍しくなりつつある見合い婚だ。営業部長の肩書きを持つ夫は、今年の春、新企画の企画部長にも抜擢され、仕事にもやる気満々である。