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ナガイアツコ
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novelistID. 38691
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ハムとビールと星空と

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あれはいつのことだったろう。そうだ、まだ僕が小学生だった頃、夏休みの出来事だった。

それは、初めて目にする種類のハムだった。暑い夏の日の午後、東京に住む年の離れた従兄弟がお中元代わりに持ってきた。僕がそれまでに知っていたハムというのは、サンドウィッチに挟まれた、人工的なピンク色をした肉の薄片だったが、従兄弟の持ってきたハムは全く別の代物だった。紫の風呂敷をとくと、有名百貨店の包装紙に包まれた箱が、こじんまりと佇んでいた。小ぶりながらも重厚な雰囲気を放っている。持ってみるとずっしり重い。母の了解を得てから、包装紙をはずし、箱の蓋をあけてみると、ちりちりした細かな緩衝材の中に、それはそれは大切そうに、その肉の塊は埋もれていた。緩衝材に手を埋め、そっと塊を取り出す。肉の周りには凧糸で作られた網が、強くきつく巻かれている。昨日見たテレビアニメの再放送で、原始人がかぶりついていた肉に似ているな、と思った。

「これがハムなの?いつも食べてるのと違うよ」僕は、従兄弟に言った。

「これが、ハムなんだよ。よっちゃんがいつも食べてるのは、こういうのをスライスしたやつさ」

「うーん、でもなんか、ちょっと違う気がする」

母親が前掛けで手を拭いながら戻ってきた。

「いつものとはお値段が違うもの。味だって全然違うのよ。食べ方だって違うし。せっかくだから、今夜はお庭でバーベキューをしましょ。お隣のケンちゃんも誘ってごらんなさい」

ハムなのに、バーベキュー?と不思議に思ったが、もしかしたら原始人の肉みたいにして食べるのかもしれない。そんなわけで、僕とケンちゃんは、日が暮れ始めた頃合いに、僕んちの庭でバーベキューの準備を始めた。ケンちゃんはボーイスカウトに入っているので、火をおこすのがすごく上手い。

「ハムなんだろ?なんでバーベキューなの?」ケンちゃんは火のついた炭をふーふー吹きながら聞いてきた。

「それがさ、普通のハムとは形が違うんだよね。」

鉄板の準備ができたことを伝えると、母親が具材を盛った大皿を運んできた。
野菜やウィンナーに囲まれる形で、二センチもの厚さに切られたハムが、厳かに盛りつけられていた。

「うわー、すげえ!」

「厚いねー!」

ケンちゃんも僕も、「早く焼いて、焼いて!」と、興奮して叫んだ。ぴょんぴょん交互に飛び跳ねる僕らに促され、はいはい、と母親はにこにこしながら、鉄板に油を敷き、ハムを二枚並べてのせた。鉄板にのせられた瞬間、ジュワーという音が鳴り響いた。僕はうっとりと、焼かれていくハムを見つめていた。隣ではケンちゃんも同じように見入っていた。香ばしい香りが漂ってくると、母親はハムを裏返した。すると、程よく焼き焦げのついた面が顔をあらわす。二、三分裏面を焼いてから、母親が野菜と一緒に取り皿に移してくれた。僕はフォークでハムをぐさりと刺し、原始人間さながらかぶりついた。口いっぱいに広がる、ジューシーな肉のうまみ。これが、ハムだって?

「おう、やってるな」と父親と従兄弟がビールを数本抱えてやってきた。

「どうだ、よっちゃん。うまいだろ?」熱々のハムをハフハフいいながら頬ばっている僕を見て、従兄弟が笑った。

「オレとおじさんは、ビールと一緒にやらせてもらうよ」おとな二人はハムを食べ、ビールをゴクゴク、豪快に音を立てて飲む。

「・・なんだか、すごくウマそうだなあ」

ケンちゃんは羨ましそうに二人を眺める。僕も同様。さぞかし美味しいに違いない。僕らは目と目を合わせて頷いた。

「よし、ケンちゃん。いくぞ!」

スタートダッシュで、氷水の中に冷やされている缶ビールを1本失敬し、焼いてあったハムの残りを串に刺して駆け出した。

「ちょっとあんたたち、どこ行くの!」

「夜のジョギングー!」

もどりなさーい、という母親の甲高い声を背に、僕らは河原まで走った。ぜえぜえ言いながら土手に腰を下ろす。僕の右手には缶ビール、ケンちゃんの両手には、ハムの刺さった串が握られている。「よし、食って飲もうぜー」と、僕は缶ビールのプルタブを引き抜いた。中からビールの泡がシュワーと勢いよく飛び出し、僕はびしょ濡れになってしまった。

「よっちゃーん、何やってんだよう。」

「ビールがけ、一度やってみたかったんだよね」僕は誤摩化しながら言って、半分ほどに減ってしまったビールをゴクリと大きく飲み込んだ。

「うわ、にがっ!」

どれどれ、とケンちゃんもゴクリ飲み込む。

「うーん、全然うまくないよ、これ」

「父さんたち、あんなに美味しそうに飲んでたのになあ。大人じゃないと美味しく感じないってこと?」

僕らは口直しにハムを一口かじり、試しにもう一度、ビールを飲み込む。それを交互に三回ほど繰り返したが、やっぱり苦いだけで美味しくない。代わりに頭がふらふらしてきた。

「よっちゃん、オレ、頭がくらくらするー」ケンちゃんはそう言って、うひゃうひゃと笑い出した。僕もなんだか可笑しくなってきて、声をあげて笑った。二人の笑いは止まらなくなり、おなかを抱えたまま、仰向けにひっくり返ってしまった。

夜空が広がっていた。満点の星空だ。

「僕らも大人になるのかな」

「そりゃね。誰だって大人になるものさ。よっちゃんもオレも、例外なく」

僕らの、小学生最後の夏休み。中学校の夏休みはいまとはきっと違うものなんだろう。そして高校の夏休みは、もっともっと違うものになっているはずだ。そう思うと、胸がきゅーんとなり、目頭が熱くなった。

「なあ、ケンちゃん。大人になったら、もう一度ハムとビール、一緒に試そうな」

リョーカイ、と返事するケンちゃんの目頭も、きらりと光っていた。


              ***

「あちっ!」

フライパンからはじけ出た油が腕に飛び散り、僕は我に返った。あわてて、焼き上がった面のハムを裏返す。あれから20年。僕は例外なく大人になった。ビールが冷えたわよー、と妻が冷蔵庫から缶ビールを取り出し、数本抱えてリビングへと急ぐ。ハムとビールは、やはり相性の良い食べ物だった。ケンちゃんもこの事実に気がつくことができただろうか。中学卒業以来会っていない。久しぶりに、手紙でも書いてみよう。