マルの災難
「マル、暑いよ。今お仕事してるの」
マルは、いつもなら諦めて離れていくのだが、今日はずっとスリスリ。
「もうー、少しだけよ。どうしたの?」
マルは鼻をくぅーんと鳴らし、だれた瞳を私に向けた。
「むずむずするの」
「え?むずむず?どこが?」
そういってマルの二回目の誕生日に買ってあげた首輪を掴んだとたん……ぴょーん。
何かが飛んだ!
ま・さ・か・!
「きゃーマル。いつ連れて来たの?」
「……ゆんちゃん」
「えーなになに…いつよ…えっと…」
私はマルと歩いた散歩道を思い出していた。
「と、とにかく、お風呂に入ろう」
「ゆんちゃん、どっち?シャワーがいいな」
「どっちも。こっちもあっちも。とにかくそーっと行こう」
私はマルを浴室に連れて行った。
急いで買い置きしておいた蚤除去シャンプーを棚から出した。
「とうとう使う日がきたかー」
私は、Tシャツの袖を肩まで捲り上げ、短パンの裾を引き上げた。
まさに戦闘態勢!向かう敵は五ミリといえどもなかなかの強敵。
くたばったかと思いきや……キャーまたー!となりかねない。
ここはじっくりといきたいところだが、マルの瞳が不安げに私に向けられる。
「大丈夫!」
シャワーがマルにかかると気持ち良さそうにしたが、シャンプーとなると身体を捩った。
「マル。これが大事なの。我慢ね」
「ゆんちゃん、いつものお花の匂いのじゃないの?」
マルは、嗅覚はいい。すぐにいつもと違うことに気付いた。
ほどよくマルは泡に包まれた。が……。
「あ、ダメ!マル…それはダメ!きゃあ」
マルが身震いしたのだ。蚤まじりかもしれない泡が浴室に飛び跳ねた。
もちろん、私も無事ではいられない。
おまけに、マルのしてやった顔が小憎らしい。
「もう、遊んであげないよ。ふかふかソファーもしばらくお預け」
「えー嫌だよう」
「だから、頑張っているんでしょ、マルも私も」
いつもより長いバスタイム。タオルを被せて水分を拭った。
「どれどれどうかな?うーん。また明日も頑張るか!」
翌日も逃げ回るマルを捕まえバスタイムしようとした。
「ゆんちゃん、きれいになったら抱っこしてくれる?」
「いいよ。じゃあ頑張ろう」
その日はとても良い子のマルにひとつおやつをおまけした。
翌日も……。
「まだいまひとつだな…あれ?マル、ちょっとごわごわ?」
擦りなれたマルの被毛の手触りが悪かった。皮膚も少しかさつきが見られた。
「やっぱり、ずっとは可哀想ね。減ってきたし、今日は……」
バスタイムになってマルは、鼻をひくひくさせた。
「ゆんちゃん、お花のだね。良かったーもう大丈夫なの?」
「まだ少し居るから、頑張らないとね」
「どきどきしたよ。ゆんちゃんのお慌て方見てたら、もうどうにかなっちゃうんだって」
「?」
「もう、いらないって言われないかなーとか、このまま死んじゃうのかなーって」
「そんなことないよ。絶対に。いつだってマルにぎゅってしてあげるよ」
「すりすりもいい?」
「うーん暑い日はねぇー……ずっと一緒だよ」
こうして、五日間のマルと私の蚤との戦いはひとまず終戦。
可哀想な思いをさせてごめんね。
ぴよーん。
「あれ?今何か飛んだ!?」
― 了 ―