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僕は君がすきでたまらない

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僕は君がすきでたまらない




 「どうしよう」


 と呟いた君の耳が綺麗な朱色に染まっていく。眉根を寄せた厳つい表情のまま真っ赤になっていく君の皮膚の色が、僕にはとても不思議に見えた。


 「どおしたのさ」


 甘えるように尋ねれば、君は僕へとちらりと視線を向けた。いつもだったら、僕が質問なんてしようものなら一直線に睨み付けてくる鋭い視線が、今は夢見る乙女のようにたわんで僕を見ようとしない。


 「ねぇ、顔あかいよ」
 「・・・うん」


 指摘をすれば、君は戸惑うように甘ったるい声を出した。涙目になった君の瞳が震えて、口元を押さえる手、その指先が軽く丸められていく。何かをくるみこむような動作だと思った。 愛しいものを愛しげに撫でる仕草だとも思った。


 「ねぇ」


 催促するように声を上げたら、君の肩が小さく震えた。厳つい顔がジャガイモみたいに歪んで、まるで君は泣き出しそうな子供みたいな表情になる。君の唇がぱくぱくと上下に開閉される。金魚みたい。


 「きんぎょ」
 「どうしよう、すきだ」


 金魚、と呟く僕の声にかぶさって、君は呻くように漏らした。


 「どうしよう、すき、すきだ」


 せきをきったみたいに、もう一度繰り返す。今度は呻いてるんじゃなくて、風邪ひいてるみたいな掠れた声で、小さく小さく繰り返す。
 僕にはよく意味がわからない。君が言っている言葉も、君の涙目も、君が震えている理由も。だから、「もう1回いって」と僕は言った。君にねだる。何処か期待するような目で僕を見ている君に。

 それを聞いた君は、潤んだ目を一度瞬かせて、両掌で意味もなく両腕を抱き締めるように撫でた後、もう堪えきれなくなったように、その場にしゃがみ込んで両膝の間に顔を埋めた。やっぱり肩は震えてる。肩だけじゃなくて身体全部が小刻みに震えてる。


 「すきだ」
 「だれを?」
 「お前」
 「どうして?」
 「わかんない」
 「どうするの?」
 「どうしよう」


 君はそう呟いて、膝頭に埋めていた顔をあげた。頬に薄っすらと涙の跡が残ってる。目尻は赤い。君は泣いたんだろうか。何故泣いたんだろうか。どうして泣かなきゃいけなかったんだろうか。


 「どおして、泣くの?」


 尋ねたら、君は一度不思議そうに瞬いた後、嘲りとも自嘲ともつかない嗤いを口の端に滲ませて吐き捨てた。


 「お前みたいなバカをすきになって、気分が最悪だからだ」


 君のその言葉は、ゴミでも吐き捨てる口調なのに、何処か片隅では愛しいものを手放さないように必死な声音にも思えた。「最低だ」と呟いた君の目尻で涙の玉がじわりと膨らむ。
 僕は焦った。どうして焦ったか上手く説明できないけど、酷く焦った。


 「ぼくはどうしたらいい?」


 手探りするように言葉を零す。

 君は今まで泣いたことなんかなかった。君の母親が死んだときも、君は「お腹すいたよお」と繰り返す僕に「うるさい!」と叫んだだけで泣きはしなかった。下唇を噛んで、「巫山戯んな」と繰り返しただけだった。それが僕への言葉か、それとも君を殴り続けた母親に対する言葉かはわからない。


 君は僕の花瓶を割った。
 君は僕のベッドの支柱を歪ませた。
 君は僕を殴り、蹴り、僕の顔に1週間経っても消えない紫色の痣を作った。

 それでも君は泣かなかった。
 それなのに、どうしてだろう、今は泣いてる。
 それは僕のせいなんだろうか。
 それなら僕に止められるんだろうか。
 だから問いかける。
 君は僕にどうしてほしい。


 君の目がきょとんと瞬く。それから君の手が額に押し当てられる。何かを苦悩するみたいに。君は泣きじゃくる前の子供みたいな表情を浮かべた。嬉しがってる顔じゃない。悲しがってる顔じゃない。つらそうな顔だ。


 「俺、こんなん卑怯だってわかってんだよ。お前何にもわかってねぇもん。お前ガキと一緒だよ。ガキなんだよ。こんなことお前に言ったって、お前にわかってねぇもんな、選択肢なんてねぇもんな。卑怯だよな。でも、しかたねぇんだよ。しかたねぇ」


 君は僕には全然理解できない言葉を涙声で繰り返した。それから、つらそうな顔のまま僕をじっと見つめて、


 「俺のことすきになって。俺のことすきになってよ。すきになれよ」


 懇願と命令。どっちが君の本心なんだろうか。わからないけど、僕は頷いた。黙って頷いた。


 君の顔がまた歪んで行く。じわじわと歪んで、崩れて、次の瞬間、君はせきを切ったように泣き出した。両腕で顔を覆って、わぁわぁわぁわぁ子供みたいに泣きじゃくった。泣声に混じって「ごめんな。ごめんな」という声が聞こえる。

 普段機嫌が悪いだけで僕を殴り飛ばす君が、たかだか僕の心を操作した程度で「ごめん」などと謝るのは酷く滑稽な気がした。

 それに、君は何かを苦しんでいるようだけど、僕にとって君をすきになることなんか簡単なんだ。僕は君のことを今まで嫌いだったことなんて一度もないんだから。





 僕は君がすきだ。
 君がずっとすきだった。




 君の怖い顔も、蔑むような僕への視線も、喚き散らされるスラングも、僕を殴り飛ばし蹴り飛ばす手足も、暴力と純粋さが入り混じった不安定な心も、とてもとてもすきだ。


 でも、僕はそれを言わない。きっと一生、君には告げない。


 例え君が僕のことを低脳なクズだと思っていて、そんな僕のことを君がうっかりすきになってしまって悩んでも、僕を洗脳してしまったと思って苦しんでいるとしても、僕は絶対に言わない。
 それがどうしてだか僕にもよくわからない。ただ、僕は君の涙がとてもすきだと思ったんだ。「どうしよう」と囁いて、震える君の唇がすきだと思ったんだ。苦しむ君の歪んだ顔が、たまらなく愛しいんだ。


 足元で君が泣きじゃくっている。僕はゆっくりと君を抱き締める。
 君がすきだ。だけど、言わない。だから、心の中で囁く。


 僕は君がすきでたまらないんだ。
作品名:僕は君がすきでたまらない 作家名:耳子