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永遠の音楽

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「鼎君は事故に巻き込まれたのに、足一本で済んだじゃない。ピアノを弾く腕ではなく、ペダルを踏む右足でもなく、なぜ左足だったのかしら?」
 私は俯き加減だった顔を「ハッ」と上げた。
「十日の日に私は死んでもおかしくなかった。ううん、生きているのが不思議なくらい。でも、生かされたのには意味があると思う。何も出来ないと嘆くより、何が出来るか考えるべきよ。生きていて考えることが出来るのですもの」
「前向きですね」
「こんなに人が死んでいる時代なんですもの。命があることを幸せだと思わなくちゃ、わけもわからないままに殺されてしまった人達の分も精一杯生きなきゃ。きっと生かされたことには意味があるのよ」
 容子さんは言った後、少し舌先を見せて照れ笑いする。
「実は、お世話になっているお寺のご住職の受け売りなの。ご主人や子供を亡くして、今にも後を追いそうだった叔母にね、おっしゃったのよ」
「『生かされたことには意味がある』」
 彼女の言葉を反復し、噛み締めるように呟いた。
「そうよ。だから私は歌い続けるの。女らしいこと一つ出来ない私が、唯一、人に喜んでもらえることだから」
 柱時計が午後二時を知らせた。容子さんは音のする方向を見上げて、「じゃあ、そろそろ」と腰を上げた。
 玄関の三和土(たたき)に下りて靴を履いた時、彼女は思い出したように胸ポケットから二つに折りたたんだ紙片を取り出した。それを私に手渡す。
「実家の住所なの。それと、もしあの二人から手紙や連絡が来たなら、容子は岡山にしばらく帰っているからって伝えてちょうだい」
「はい、必ず」
 私は紙片を広げて書かれた住所を見つめた。地理に明るくないので、それがどの辺りかさっぱりわからない。容子さんの実家は広島との県境で、海岸線より中に入ったところらしい。大阪から更に西、広島となれば九州に近いはずだと漠然と知っていたので、その遠さを実感する。
「元気でね」
「容子さんも。手紙を書きます」
「私も」
 容子さんは玄関の敷居を跨いだ。私も後に続いて、門柱まで出て彼女の後姿を見送った。
 また一人、傍から仲間がいなくなる。楽しかった時間が遠のいて行く。
「容子さん!」
 小さくなる容子さんの背に呼びかけた。彼女が声に気づき振り返ると、私は思い切り手を振った。彼女もまた力強く振り返してくれた。

作品名:永遠の音楽 作家名:紙森けい