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神さま、あと三日だけ時間をください。~SceneⅡ~

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 美海はあまりの苦悶に喘いだ。琢郎とのセックスでこれほどの圧迫感を感じたことはない。まるで別人かと思ってしまいそうになるほど、これまでの彼とは違う。大体、美海の胎内深くを刺し貫いているもの自体がこんなに大きかっただろうか?
「お前を相手にしても、まるで石を抱いているようだったもんな。ちょっと変わった抱き方をしようとすれば、嫌がってそっぽを向く。つまらないから、適当に風俗とかで抜いていたんだ。だが、お前も調教すれば、良い女になるんだってよく判った。だから、これからは俺がちゃんと仕込んで、俺好みの身体にしてやる」
 これが琢郎なのだろうか。これまで十一年間、美海が夫として見ていた男と同一人物なのか。
 琢郎が腰を動かし始める。絶え間なく抜き差しされ、美海の思考はそこで途切れた。彼は時には腰を回したり角度を変えて突いたりしながら、合間には美海の豊かな胸を揉みしだいている。
 美海は次第に何も考えられなくなり、やがて、意識が真っ白い闇の中に飲み込まれた。瞼で閃光が幾度も弾け、光の泡が無数に飛び交う。
「あうっ、ああっ」
 美海は琢郎に烈しく突き上げられ揺さぶられながら、あられもない声を上げ続けた。
 一ヶ月前と同じ、永遠に続くと思われた快楽地獄もいつかは終わりが訪れる。天上の高みから幾度も突き落とされた美海の意識は、やがて大きな波のうねりに飲まれ、烈しく鋭い快感が四肢を稲妻のように走り抜けた。
「ああっ―」
 美海はひときわ高い声を上げ、絶頂に達すする。ほぼ同時に琢郎も美海の感じやすい内奥で熱い性を放ちながら達した。琢郎の巧みで執拗な愛撫によって、すっかり感じやすくなってしまった身体が快感の余波にびくびくと震える。
 彼の放つ精が内壁にまき散らされるのにも、烈しい余韻が美海の身体中に漣のように走り、彼の手によってさんざんいじり回された乳首が寝具をかすめるのさえ、妖しい震えが四肢を駆け抜けてゆく。
 心はまたしても置き去りされたまま、琢郎に蹂躙されたというのに、身体だけはこれ以上はない悦楽を貪り、至上の快楽を得たのだ。
 美海は惨めな敗北感に打ちひしがれながら、声を殺してすすり泣いた。
 それから美海は幾度も琢郎に抱かれた。あるときは仰向けになった彼の上に跨り、烈しく下から突き上げられながら、あるときは先刻のように後背位で責められた。
 琢郎はどうやら、後ろから女を犯すのが好みらしい。これも美海は初めて知り得たことだった。これまで夫がこんなやり方で彼女を求めてきたことはなかったからだ。 
 朝方までに何度、抱かれて絶頂に上り詰めたか知れない。漸く疲れて眠り込んだ琢郎の傍らで、美海は涙も涸れ果てた瞳で天井をぼんやりと見上げていた。
 あれほど烈しく美海を抱いたことなど嘘のように、琢郎は安らいで眠っている。
 不思議なことに、琢郎を見ても憎悪や怒りは湧いてこなかった。ただ空しさだけが美海の空虚な心を支配していた。
 これほどまでに酷い抱き方をされても、自分はまだ琢郎を嫌いになれない。自分の中に夫への気持ちがまだ欠片でも残っていることに、こんな形で気づくとは皮肉なものだった。
 美海の記憶が巻き戻されてゆく。
 琢郎が社会人になって二年目、美海が大学四年の冬、二人だけで初めてスキー旅行に出かけたときのこと。
 琢郎は当然ながら宿泊先のホテルで美海を欲しがった。だが、美海が泣いて嫌がると、無理強いはせずに朝までずっと膝に乗せて子どもをあやすように抱きしめてくれていた。
 付き合って数年目で初めて結ばれた日、まさにその日、琢郎の方からプロポーズしてきたときのこともよく憶えている。
 そう、いつだって琢郎は優しかった。美海がいやだと言えば、けして何でも強制はしなかったのだ。しかし、その優しさも今から思えば、彼の忍耐と辛抱強さのなせるものだったのだろう。
 世間知らずな美海のせいで、琢郎はずっと本当の自分というものを出せないでいたのではないか。だから、昨夜もああいう形で、長年わだかまっていたものが爆発したのかもしれない。
 本当の自分を抑えていたという点では、美海も琢郎と同じだが、それは当然のことだ。夫婦とはいえ、全く別人格を持つ二人が一つ屋根の下で暮らしている以上、ある程度の気遣いは必要不可欠だ。夫婦間においても、共同生活上のマナーは守るべきだと、美海は常日頃から考えている。
 夫が妻である自分との性生活が物足りず、風俗に行っていた―、そのことにショックはある。しかし、ショックよりも、琢郎に我慢を強いていたこと、更には、彼がひたすら我慢していたことに自分が全く気づけなかった方がかえって辛かった。
 でも、琢郎の求めに応じて、夜毎、足を開いて狂態を晒すのには大きな抵抗があった。
 一体どうすれば良いの?
 美海は小さく首を振り、立ち上がった。夜通しの荒淫のためか、身体の節々や何より、下腹部が烈しく痛んだ。
 ベッドの下に、携帯電話が落ちていた。昨夜、琢郎に寝室に連れてこられてベッドに降ろされた瞬間、無意識の中に握りしめていたものをどこかに落としてしまったのだ。慌てて拾おうとしたのに、琢郎に突き飛ばされ、再びベッドに倒れ込んでしまい、拾うどころではなかった。
 美海は携帯を拾い上げ、開く。メールの着信が十五通あった。どれもシュンからのものばかりだ。

七月○日午後十一時五分
 ミュウの知りたがっていた重大ニュースを発表します。ジャンジャーン。ついに就職が決まったよ。今、働いている牧場でそのまま正式雇用して貰うことになったんだ。 
                シュン

七月○日午後十一時十五分
 ミュウ、どうしたんだ? 何かあったの?
               シュン

七月○日午後十一時二十分
 もう寝ちゃったのかな。せめて、おやすみくらいは言ってよ。        シュン

 その後は断続的にシュンからメールが入っている。

 美海の眼に新たな涙が滲んだ。シュンが心配してメールを寄越し続けている間中、自分は琢郎に抱かれていた。
 一体、自分はどうすれば良いのだろう。どこに行けば良いのだろう。行き場のない想いが美海の中で渦巻く。
 気がつくと、美海はシュンにメールしていた。

七月○日午前四時五十分
 シュンさん、昨夜はごめんなさい。色々と立て込んでて、メールができなかったの。これから逢えますか?      ミュウ

 五分も経たない間に返信があった。

 良かった、やっと繋がった! 昨夜はホント、心配したんだよ。でも、ミュウの無事が判ったんで、安心した。もちろん、俺は逢うのは全然構わないけど、ミュウはこんな時間に良いの?         シュン

 美海はシュンにこれから始発の電車に乗るとだけ返信して、携帯を閉じた。
 とにかく今は一刻も早くここから逃げ出したかった。琢郎との烈しい夜の名残をそここに残した、この濃密な空気の立ちこめた部屋から出られさえすれば良かった。
 美海は寝乱れたダブルベッドから厭わしいものでも見るかのように眼を背け、急いで寝室を出た。
 
 美海が駅に降り立った時、シュンは既にプラットフォームに立って待っていた。