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神さま、あと三日だけ時間をください。~SceneⅡ~

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 だが、それは上手くいった場合の話である。今はまだ良いかもしれないけれど、シュンが三十の男盛りになった時、美海は既に四十七。けして若いとはいえず、女としての色香や魅力もそろそろ下り坂に差しかかっている頃だろう。
 その時、果たしてシュンが後悔しないといえるだろうか? 先のことは誰にも判らないし、彼がそうなっても美海を女として必要とし、求めてくれているかもしれない。しかし、そこに確たる保証はないのである。
 もしシュンが女としての美海に魅力を感じず気持ちも冷めてしまっていたら、今の琢郎との結婚生活以上に惨憺たるものになる。
 そうなった末に、美海はまた一人ぼっちになる。その惨めさと孤独は想像を絶するものに違いない。
 更に、美海側からだけでなく、シュンの立場になって考えてみたら、こんなオバさんを相手にして良いはずがない。彼にはまだまだ果てしない未来と前途がひろがっている。先刻も彼に告げたように、広い社会に出れば、職場で或いは様々な場所での出逢いがあるだろう。その中にはもっと若くて彼にふさわしい女性との出逢いも当然ながら含まれている。
 若さゆえに、彼は性急になりすぎている。深くは考えず、今の情熱を本気の恋と勘違いして美海にプロポーズなんてしているのだ。
 ここで、自分の立場をはっきりとさせ、彼とは二度と逢わないつもりだと告げるべきなのは判っていた。
 美海が口を開こうとしたまさにそのときである。シュンが微笑みながら言った。
「本当の意味で君と初めて出逢った夜―、俺がチャットの掲示板に書き込みをした日の夕方、牛が一匹、死んだんだ。その牛はハナっていうんだけど、数日前からずっと具合が悪くってね。獣医の先生にも度々来て貰って、ここ二、三日が山だって言われた。俺があそこでバイトするようになって初めて任された牛だったし、ミュウとアイの親子と同じくらい大切にして可愛がっていたのに、俺はハナの最期を看取ってやれなかった」
 その日の昼には、ハナはまだ元気だった。一時は落ちていた食欲も回復していたし、この分では持ち直したのだろうとシュンは判断したのだ。
 しかし、それは彼の見込み違いだった。最後にハナの健康状態をチェックして大丈夫だと判断した彼は、牛舎を離れた。それから三時間後、様子を見にきた際、ハナは既に冷たくなっていた―。
「後で獣医師から聞いたら、ハナは軽い肺炎を起こしていたそうだよ。俺は全然、気づきもしなかった。俺が気づいてやっていれば、ハナは死ぬこともなかったかもしれないのに」
 涙声に、美海はハッと顔を上げた。
「それで、あの夜はとことんまで落ち込んでたんだ。そんな時、ミュウが俺の叫びに気づいてくれた。だからかな、ミュウのことがどうしても忘れられないのは」
 シュンが首を振った。
「ああ、こんな情けないところを見せたら、余計に嫌われちまいそうだ。そうじゃなくても、ミュウには頼りないと思われているだろうに」
「そんなことないよ。誰だって、そういうときってあるじゃない? 辛くて堪らないときって。でも、皆、歯を食いしばって生きてゆくのよね。だから、シュンさんも今は泣きたいだけ泣けば良い。思いきり泣いて、すべての涙を流し尽くしてしまったら、立ち上がって歩き出せば良いのよ」
 美海はごく自然に手を伸ばし、シュンの頭を引き寄せた。シュンが美海の胸に顔を埋(うず) める。母親が泣いてむずかる子をあやすように、背中をそっと撫でた。
「ミュウの胸って、あったかいな。それに柔らかくて良い匂いがする」
 シュンは美海の胸に頬を押しつけて、甘えるように匂いを嗅いだ。
 そろそろ傾き始めた夏の太陽が地平線の向こうに沈んでゆこうとしている。昼間はセルリアンブルーに輝いていた海は今、空と同じオレンジ色に染まっていた。
 まだ昼の暑熱を十分に残した砂は温かい。海から吹いてくる潮気の強い風が砂浜の向日葵畑をかすかに揺らしていた。
寄り添い合う二人の姿が長いシルエットとなって影絵のように砂に伸びている。美海には、どうしてもこのひたむきな若者を突き放すことはできなかった。

♭ミュウとシュン~MailsⅡ~♭

 七月○日
 ミュウ、今日は何してた? 俺は午前中は大学行って講義受けて、昼からはバイト。今日は嬉しい知らせがあるんだ。何だと思う?
                シュン
          ↓
 そういえば、一週間前に前期の試験があったって話してたわよね。もしかして、試験の成績が良かったとか?      ミュウ
          ↓
 その前に、今日はまだミュウからお帰りって言って貰ってない。ねえ、ミュウ、お帰りって言って。          シュン
          ↓
 お帰りなさい、シュンさん。
               ミュウ

 〝まだお帰りって言って貰ってない〟、その下には怒った顔の絵文字が続いている。眺めていた美海は思わず笑いが込み上げた。
 ほどなく、メールが来る。

 お帰りなさいの次はハートマークかキスマークくらい入れてよ。      シュン
         ↓
 はいはい、判りました。お帰りなさい。
                ミュウ

 今度は〝お帰りなさい〟の次にハートの絵文字を入れる。

 ところで、嬉しい知らせって、何なの?
気になるんだけど。       ミュウ  
 画面に文章を入力して、送信を押す。
 直に返事がくるはずだ。美海は期待を込めて鮮やかなメタリックレッドの携帯を見つめる。
 シュンの住むM町まで行き、半日デートをしてからというもの、二人の距離はまた縮まった。このやりとりからしても、もう完全に恋人同士のメールになってしまっている。
 と、その時、背後のドアが突如として開き、美海は飛び上がりそうなほどびっくりした。
「た、琢郎さん?」
「何だ、まるで幽霊でも見たような顔してるな。そんなに愕いたのか?」
 琢郎は少し皮肉っぽい口調で言い、部屋に入ってきた。廊下の方からではなく、居間から続き部屋になっている方のドアを押して入ってきたらしい。
 シュンと急接近しているのにひきかえ、肝心の夫とはますます距離が開きつつある。もっとも、琢郎の方は最近、美海に何か話したそうなそぶりを見せることがあるのだけれど、美海の方が琢郎を避けているようなところがあった。
 やはり、シュンと毎夜、こうしてメール交換をしていること、琢郎に内緒で逢ったことについては後ろめたさを感じてないはずがない。それらがして、美海を琢郎から遠ざける原因になっていた。
 美海はさりげなく二つ折りの携帯を閉じた。なるたけ琢郎の眼に入らないようにデスクの下に隠し、握りしめる。
「何をしてたんだ?」
「え?」
 美海は突然の問いに窮した。
「あ、あの、ブログでも始めようかなと思って、色々と適当なサイトを調べてたの」
 慌てて適当に言いつくろってみたが、かえって墓穴を掘ることになった。
「携帯で?」
「ううん、パソコンで」
 咄嗟に応えるも、蒸し暑い夏の夜なのに、冷や汗が背中をつたい落ちるのが判った。
「でも、お前、パソコンは電源を落としてるじゃないか」
「あ―」