最後に笑うのは誰だ-5
『……』
私……?
『やめろよ、あかね。塾におくれるよ。』
流星……
子供の頃の、流星……
『土屋の子でしょ?いっしょに、塾いこうよ。』
そうだ。子供の頃の私。
山の本家と、それに近い土屋の子供は、必ず塾に行くから。
『なまえ、なんていうの?』
『……』
『ん?』
『あかね!いくぞ!』
『ぼくの、なまえは』
―えい、だよ
「!」
「お、起きたか」
「流星……」
やっぱり夢か……。
流星の顔を見て安堵した朱音は、胸をなでおろす。
「大丈夫か?」
「うん、平気。あの、私……」
「……忘れろ。力での怪我人は、いないわけだからな。お前のおキレイな顔が、腫れたことが悔しいけど。」
流星は、少し赤くなっている朱音の頬をなでる。朱音はその手をとって、握り締めた。
「朱音……?」
何故か見た、子供のころの夢。しかも、あの謎の人物が登場した。あの情景は、まさしく本家の山に作られた公園だ。
しかも、
『子供のころの流星と……会ってる。』
土屋家では、本家の子供と分家の子供が出あうなんて稀有だ。それがたとえ、高貴な分家でも。だから秘書になるほどの朱音の実家でも、流星に……しかも大事な跡取り息子に会えるはずがない。
でも、あの夢で自分を呼んでいたのは、明らかに流星だ。
「ねぇ、流星。」
「ん?」
「“英”って……土屋英って、知ってる?」
「つちやえい?誰だよ。もしかして、好きな……」
「いいえ、私が好きなのは流星よ。気にすると思って言ってなかったけど、奥様達が、英がどうのこうのって……」
朱音は汗ばんだ手で流星の手を強く握り、訴える。
「流星、私、怖いの。夢で、子供のころの貴方と私が遊んでいて……顔、顔はわからないけど英って人が出てきて……何か、何か怖いことが起きる気がするのっ……」
『どうですか、健サン。いえ、幸せを流星さんにとられた、我が義兄。』
「ははっ、葵の爺は言いやがったさ。来月の集会が楽しみだ。」
健太郎はスーツからルームウェアに着替え、クスクス笑う。相手は……
「流星に幸せをとられた、我が義弟よ。時は来た。暗闇から這い上がってこい。」
『了解。』
“土屋英”
深夜だ。十二時を回っただろうか。流星は反芻する。昔よく、母から聞いた話。自分の父親・葵と母親・恵知と、自分。土屋家当主純血の、たった三人の家族のことだ。
父親に失礼かと思うが考えてしまう事。それは、当主の葵が純血ではないという事。そう、純血は母親の方だ。
全社長夫妻……つまり、恵知の両親は、子供に恵まれなかった。
年齢五十を過ぎてようやっと産まれた子供は、長女と次女。
自分たちのように、親戚に「早く子を作れ」と急かされないように、力を合わせて生きていけるように。夫婦はそう考えた。
長女には、当主にはなれないが、自分たちが死んだあとに起こるであろう当主決定の渦をまとめられるよう、知恵に恵まれるように、恵知。
次女には、自分たちのせいで本家騒動に巻き込まれず、心美しく長女を支えられるよう、そして恵知に絡めて美知と名付けた。
だが、夫婦はまだ幼い二人の娘を残し、死んでしまった。
姉妹は、土屋家の少しの血が入っただけの身分の低い分家の出であるが、ずっと本家に仕えている女性に引き取られる。
幼い姉妹は、今までのように仲良く暮らせる。そう思い、悲しみの涙を数日で止まらせた。子供だからこその技だ。
しかし、そうはいかなかった。
社交的な恵知は、義理の父によくなついた。
奥手な美知は、恵知と義理の父に入る術が見つかられず、いつも忙しく働く義理の母を、一人寂しく待っていた。
恵知は世渡り上手。大好きだった姉のせいで、自分に光が差さない。
「お姉ちゃん……」
悔しい
憎い
私にも、幸せを……!
いつしか美知は、恵知を怨むようになった。
その生活に、転機が来る。
「美知、私、卒業式を終えたら結婚するわ。」
恵知・大学4年生の冬。
「……だ、誰となさるのですか……!」
「葵さんよ。貴女も知っているでしょう。支店ながら、土屋グループの製紙部門のトップよ。中堅の分家の出と言うところが気に食わないけれど、おじさまが是非に、と。」
やられた。今まで姉の背中を越したことがない。
「属魔法が使えない、しかも分家の当主なんて、初めてなんですって。まあ、そのへんは私が全面的にサポート。実はね……」
「……お姉さま……?」
まさか
まさか
「私、妊娠しているの。」
何故?何故、私だけいつも遅れているの?
「恵知……」
「美知?どうしたの?言葉が乱れているわ。もしかして、羨ましいの?嫌ね、貴女もすぐ、お相手が……」
「……ね……」
シネ
「え?」
「死ねぇーーーーーーーー!!!!」
恵知、属魔法による、全治一年の大怪我。結婚式も遅れたが、子供の自分は五体満足・健康優良・能力も高くで生まれた。
それ以来、美知は発狂。結婚もし、子供――健太郎も産まれるが、恵知を越すためだけに作った、機械のような扱いで健太郎を育てた。対する恵知も、『美知には決して負けないように』と流星を育てる。少しずつ、変わっていった。
「……英、か。」
『流星、私、怖いの。夢で、子供のころの貴方と私が遊んでいて……顔、顔はわからないけど英って人が出てきて……何か、何か怖いことが起きる気がするのっ……』
朱音の勘は、よく当たる。両親が言っている事なら、きっと自分にも関係があるに違いない。
「俺にかかわることなら、健太郎が知っててもおかしくないよなぁ。」
しかし、両親が隠している理由、自分が知らない理由、健太郎が知っている理由がわからない。
「……探ってみっか。朱音も心配してることだし。」
「いたいた……」
『どうだ。見つかったか。』
「ええ、かなりの上玉じゃないですか。顔もカラダもよさそうだ。」
『ハハハ、欲深ぇなぁ。』
「健さん程じゃないです。」
『何か言ったか?』
「いいえ、何も。」
何かが、動こうとしている。
作品名:最後に笑うのは誰だ-5 作家名:小渕茉莉絵