DESTINY BREAKER 零
―――――― それは遠い昔の記憶 ―――――――
生命の存在が拒絶され、ただ死のみが安寧を齎(もたら)す世界。
しかし、その世界にはまだ二つの命が存在していた。
それは丘の上で泣いていた。
その声は獣の咆哮のそれであった。
片手には、体に似合わない武骨な大刀を握り
片手には、生き物としての存在意義を奪われた愛しき人を抱え
数刻前まではこの世に存在していたものたちの肉隗が積み重なる丘の上で。
それは丘の上で笑っていた。
その声はけだものの咆哮のそれであった。
片手には、体に似合わない研ぎ澄まされた大刀を握り
片手には、生き物としての存在意義を奪った者たちの生首を掴み
数刻前に解体した生き物たちの肉隗が積み重なる丘の上で。
その世界に二人にして孤独。
咆哮と笑声は何処までも響き何時までも交わらない。
天空には黒い月、地上は紅い海。
現世と幽世の境が曖昧になった世界で相克する二つの魂。
生命を母のような優しさで内包する世界も、今はただ拒絶の意志だけを強めている。
零れ落ちる涙は紅い水溜りに波紋を造形し、鳴り止まない咆哮は空気を激しく振るわせる。
揺れ動く視界には憎み殺すべき者が映り、かの者の視界は固定された。
喜びに焦点を失った瞳には自分を殺そうとする者の憎悪が映り、かの者の視界は固定された。
気持ちは冷たく、熱く。
剣を握る手は憎しみ、喜びに震え。
その瞳は憎悪と恍惚に歪んでいた。
一人は叫びと共に、一人は狂笑とともに。
瞬間、しなる枝が固定から解放されるが如く二人の体は弾け飛び
視覚することのできない影となりぶつかり合う。
振り下ろす一撃は全てが必殺。
魂は刀身に、力は柄に、殺すためだけに打ち下ろす純粋な一撃。
力と技は均衡し、互いの命(つるぎ)を削り取る。
互いに互角。正と負の合一は、故に終わりのみえない戦いを創造する。
まるで、互いが終わりを望まぬかのように
沸騰する血液、千切れていく肉体組織、機能の限界を超えていく臓器。
だが、止まらぬ。相手の喉笛を食い千切るその時まで、相手の頸(くび)を刎(は)ねるその時まで止まれぬ。
彼は、あらぶる怒りを涙とともに自らの大刀に込めた。
彼は、昂る欲望を喜びとともに自らの大刀にぶつけた。
彼らの勝負の行方を知る者はいない
なぜならそれは誰も知らない遠い日の記憶なのだから・・・
作品名:DESTINY BREAKER 零 作家名:翡翠翠