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もしもジル・ド・レがジャンヌ・ダルクを呼び戻したら(抜粋版)

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「ここは、どこなんだ」
 床には裸体の女性、といってもまだ少女のあどけなさを残すような女性が横たわっていた。髪はやや暗めのブロンドで、その時代にしては珍しく肩のあたりで切られていた。
 四肢には適度に筋肉がついており、胸は小ぶりだ。そのためか、少年のような印象も受ける。
 女性は床を見るとあからさまに侮蔑するような表情を見せた。
「神よ、これはどういうことですか! 天国にも煉獄にも、地獄へも行けないなんて! いやここは地獄ですか? それにしては生きていた時とそっくりで、知っているような」
 床には巨大な魔法円がチョークで描かれていた。周りには蝋燭が灯され、円はラテン語でびっしりと埋まっていたが、その女性はほとんど文字を読むことができなかった。
「やはり、地獄……なのでしょうか」
 少年の屍骸が二、三ほどあった。彼らは何の罪を犯したと言うのか。
「主よ、私はあなたのために……戦いました。でも私がしたことは大罪だったのでしょうか」
 女性は、火刑で殺されたはずのジャンヌ・ダルクであった。
 彼女の魂は死後の世界に向かうはずであった。しかし、何らかの原因でその『死後の世界』に行くことができず、辺りをさまよっていた。
 意識が無くなってからしばらくしてエルサレムの景色が見えることに気がついた。人は死んだら皆ここから天国や地獄へ行くのか、と思ったら次はローマへ飛ばされた。サンチャゴ・デ・コンポステラにも飛ばされた。処刑されたルーアンにも飛ばされ、故郷のドンレミにも飛ばされた。
 死後の世界というものを司祭から聞いていても、実際に体験したわけではないためどのようなものが分からないのも当然であった。
 準備期間なのだろうかと思い、世界をふらふらしていた。
 自分の体と言うものは無かった。ただ意識と視覚、聴覚はあった。
 時間の感覚が生前よりも鈍っていていたので、ジャンヌ自身は正確には分からなかったが恐らく二、三日前に意識が途絶えた。そして、気が付いたらここにいた。
 そこには肉体があった。触覚があった。嗅覚があった。何故かはわからない。
 ただ一つ、ジャンヌが感じていたのは『嫌悪』であった。
 これは、禁じられている黒魔術のためのものだ、と本能的に理解した。
「ああ神様! 神様!」
「誰かいるのか」
 男の声がした。神の声ではない、とジャンヌは分かった。
 それと同時にどこか懐かしいような気がした。私はこの声を知っている、と。
 男と目があった。
 男は栗色の長い髪をしていて、装飾品から一目見て貴族と分かった。
「ここは、どこです?」
「俺の城の一室だが……お前は、まさか」
 ああ、懐かしいのも当たり前だ。男はジャンヌを支援して、盲目的と言うほど従っていたジル・ド・レイであった。
「ジル、か。何故ここにいる」
「お前は、ジャンヌだな! ジャンヌ・ダルクだな」
「私は、死んだはずですが」
「俺が生き返らせた」
「そんなこと、できるはずがない」
「現にお前は生き返った。久しぶりだ、ジャンヌ」
 床に描かれている魔法円、少年の遺体、現在の自分――ジャンヌは即座に理解した。
「あなたは、禁じられた方法で私を蘇らせたのですね」
「人々はお前を見捨てたが、俺は見捨てていない……成功したのか。これからいくつかの質問に答えてもらう。いいな」
 ジルはジャンヌの経験した様々な事柄について質問した。ジャンヌはそれに見事に答えていった。
「あなたは、ジルですね。しかし、こんな方法が知られたとしたら……どうなるか分かっていますね」
「主流な考えが常に正しいとは限らないのだよ。俺はそれを、いやお前の方がよく知っているはず」
「このままでは、あなたも地獄に落ちてしまいます」
「俺が地獄に落ちるのだったら、大半の人々は地獄に落ちているだろうよ」
「何故こんなことをしたのです」
「ああ、やはり『あなた』は天使だ。どんなに美しい少年よりも美しい」
「少年、だと?!」
 ジャンヌはジルがあまり彼の妻と上手くいっていないことを知っていた。彼が女性にあまり興味を示さないことも知っていた。
 そしてそのような趣味の兵士も少なくなく、禁じられているとはいえ黙認でそのようなことが行われていることも知っていたがジャンヌは激しく叱咤した。
「ああ。俺は美しい少年と戯れることが好きだが、『あなた』にはかなわない」
 ジャンヌは再び侮蔑の表情を見せた。
「いけません! 神様がお許しになりません」
「しかしだな、結構少なくない人数の奴が嗜んでいるのだが」
「待て」
 寒さと怒りから、ジャンヌは震えていた。