木枯らし
屋上から里香先輩が叫んだ。僕は顔を上げ、制服姿で屋上の手すりにもたれかかる先輩を見上げた。もう少しで見えそうです、という言葉を押し込めて、代わりに突っ込んでみた。
「そんな格好しているからですよ」
「そんな格好しているからでしょ」
僕の隣で座りこんで携帯をいじっていた、同じく三年生である敦子先輩は、僕とほぼ同時のタイミングで突っ込みを入れた。
里香先輩が振り向き、薄い眉がひそめられる。
「カーディガン着てくればよかった。敦子はちゃっかり着込んじゃって」
「もう11月なのに、薄着をしているあんたが悪い」
「風邪ひきますよ、先輩。上着、貸しましょうか」
そのとき、強い風が吹いた。うわっと里香先輩が声を上げる。
「強い風。こういうの、何ていうんだっけ」
「木枯らし?」
敦子先輩が応える。
「ああ、そうだ。で、一番最初に来たやつのことを…」
僕はその答えを知っている。
木枯らし一号。
だけど僕はその答えを口に出来なかった。どうしても声が出ず、間抜けに口を開けるだけで、すぐに閉じた。
そうこうしているうちに、里香先輩は自力で思い出したらしい。
「あっ、木枯らし一号だ」
里香先輩は一人で声を上げ、そして遠い目をして、空を見上げた。
「今年も来たのねえ」
そう呟く声に、僕は思わず立ち上がり、言っていた。
「先輩、僕も来たんですよ」
「ああ、でもやっぱり、寒いなー。誰か上着を貸してくれー」
「里香、さっきからうるさーい」
携帯をいじっていた敦子先輩が、わずわらしそうに抗議の声を上げる。
「さっきから何一人でぶつぶつ言ってんのよ」
「だってー、寒いんだもーん」
里香先輩は頬を膨らませ、僕は自嘲的な気分になり、俯いた。
僕は寒さなんて感じない。寒いといっている彼女に、上着をかけてやることもできない。
僕もこの木枯らしになれたらいいのに。
そうしたら、貴方の柔らかい髪をなで、頬に触り、貴方を抱きしめ、そして。
ここにいることを教えることが出来るのに。
「……先輩」
彼女の横顔を見ながら、言う。
「ずっと、好きでした」
びゅうっと、風がなびき、ふわりと先輩の髪が上がった。
「……ねえ、今なんか聞こえた?」
「えー? 風の音でしょ?」
「ううん。誰かの声が…」
僕は風と同じ。貴方を見ている。だけど貴方には僕が見えない。
だけど確かに、確かにここにいるんです。確かに、あなたの隣に。
この木枯らしが止んで、静寂が包まれても、そこには僕がいる。
出来ればそれを、受け入れてほしい。忘れないでいてほしい。来年もきっと、風とともに、貴方に会いに来る僕を。