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雪柳

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《04》クロの手柄



 クロは空気の匂いの中に、光圀の物を慎重に探した。
獣の匂い、草や木の匂いが入り混じり、なかなか発見できなかった。
 集中しているクロの隣に弥七は黙って立っていた。

「あった!」
 
 突然そう言うとクロは走り出した。
 驚いた弥七が追ったが、犬の足は速い。姿を見失った。

「おい、ちょっと待て! どこ行った!?」



 クロは街道筋を外れ、木が生い茂っている山の方へと向かっていた。
 光圀の匂いを嗅ぎつけ、まっしぐらに走った。
そして行きついた先は、崖だった。
 身軽なクロはそこから飛び降り、目指すものを探した。
 そして、ついに発見した。

 皆が捜す光圀は崖の下でうずくまっていた。
クロは彼に駈け寄り、顔を覗き込んで聞いた。

「おじいちゃん、大丈夫?」

 すると、瞑っていた眼をゆっくりと開け、目の前のクロを見た。

「……うぅん。誰かな?」

「クロだよ。おじいちゃんを探しに来たの」

 そう言ったものの、光圀の耳に届いてはいなかった。
光圀はひどい寒さで身体が凍え、意識が朦朧としはじめていた。

「坊やも、迷子か? それとも、狐か狸の仔かな?」

 ぼんやりとそういう光圀に、クロは大きな声で言った。

「違う! クロは犬! しっかりして!」

「眠いんじゃ…… 寝かせてくれ……」

 その言葉にクロは焦った。

「おじいちゃん帰らないと、助さんと早苗さん離れ離れになっちゃう! お願い! しっかりして!」

 しかし、凍えた光圀は目を瞑ってしまった。
寒さの中で寝ることは死を意味する。
 これを教わっていたクロは、光圀を起こそうと一人奮闘し始めた。

「寝ちゃだめ! 起きてよ! 起きて!」

「うぅん……」

 ゆすっても、抓っても、光圀は起き上がろうとしなかった。
必死にクロは大きな声で呼びかけた。

「すぐ弥七さんくるから! 寝ちゃだめ!」

「……寒い」

 そうつぶやく言葉に、クロは気付いた。
犬は寒さに強い。しかし、人間は弱い。
 ここは身体を暖めるのが先決と、クロは光圀の懐に潜り込んだ。
すると、眼を瞑っていた光圀はぼそりと呟いた。

「……あったかいのう」

 そのまましばらくすると、光圀は落ちついてきた。
眠るのはやめ、ぼんやりとだが、眼を開けていた。
 クロはしきりに話しかけ、彼が眠らないように努めた。

「温かいでしょ? 犬は暖かいの。頑張ってね。すぐに助けが来るから」

 すると、光圀がぽつりとつぶやいた。

「お前さん、やさしいのぅ……」



 そうしている間に、弥七が二人を発見した。
彼らを崖から引き揚げ、宿場へと大急ぎでとって返した。
 光圀を温かい部屋に運び、医者に診せ、一段落つくと弥七は今にも心中しそうな勢いの光圀の配下二人の居る場所へと急いだ。 

 部屋では、助三郎と早苗が先刻と同じように泣いていた。
二人とも諦めの色が濃くなり、死ぬの死なないのの話ばかりして、お銀を困らせていた」
 そこへ弥七が入ってくるや否や、二人は酷い顔で彼を見た。
あまりにひどいやつれた顔に、さすがの弥七も驚いたが、気を取り直して助三郎の前に座った。
 そして、口を開こうとした途端助三郎が言った。

「……もう、おしまいか? 見つからなかったか?」

「いいえ。ご隠居見つかりやしたぜ。クロが見つけたんで」

「……クロが?」

「へい。崖から落ちたようで、捻挫と擦り傷。凍えていますが、まぁ命には係わりないと」

 ここまで言うと、助三郎は力が抜けたようにへたった。
しばらく放心状態が続いたが、気を取り直すと、すぐに早苗の傍に行った。
 そして力強く彼女を抱きしめた。

「……良かった。ご隠居無事だったぞ」

「……うん」

「良かった…… みんな無事だ。これで……」

 さっきまで流していた絶望の涙は消え、安堵とうれしさの涙が溢れ返った。
 二人で抱きしめあう様子を見た弥七は、お銀を手招きし二人でそっと部屋を出て襖を閉じた。
 
 しかし、これを不満に思っているのが一人いた。
目の前で襖を閉められたクロは、納得がいかなかった。
 すぐさま不満げに二人に聞いた。

「なんで閉めちゃうの?」

 すると、忍び二人から穏やかに説明された。

「二人にしてやるんだ」

「そうよ。わかるでしょう?」
 
 しかし、犬に男女、夫婦の細かいことはわからなかった。
仲間外れにされたと単純に思い込み、襖に手をかけた。

「クロも仲間に入れてもらう!」

「おい! ちょっと待て!」

 弥七の制止は間に合わなかった。
クロは襖を勢いよく開け放ち、部屋の中の二人に向かって言った。

「助さん! 早苗さん! もう離れ離れじゃないよね?」

 すると、幸せそうな二人からクロにとって嬉しい言葉が返ってきた。

「お前のお手柄だ! ずっと一緒だ!」

「クロ、おいで!」

 クロは早苗と助三郎の間に飛び込んだ。
早苗は優しく彼を抱きしめ、助三郎は頭をくしゃくしゃと掻きまわした。

「偉かったわね。ありがとう、クロ」

「凄いぞ、クロ」

「どういたしまして!」

 二人に抱きしめられ、撫でられ、ギュッとされ、クロは幸せいっぱいだった。




 その晩、体調が落ちついた光圀を早苗と助三郎はクロを連れて見舞った。
「仕事」なので、早苗は格之進に変わっていた。
 
 光圀は配下二人の顔を見るや否や謝った。

「本当にすまなんだ……」

「いえ…… 私たちの気の緩みが原因です。申し訳ございませんでした」

 主も家来も謝る、妙な図式になったが、長引きそうになったので途中で打ち切った。
すると、光圀は今回の事件の発端だった、『夫婦の問題』に言及し始めた。
  本来ならば、旅などする必要は無い。ほとんどが国元での仕事。
それならば『渥美格之進の仕事』と『早苗の生活』の両立が可能。
 しかし、旅では必然的に前者の比重が高くなる。
 それでは互いの欲求不満は溜まる一方。
藩のため、国のためとは言うが、少し酷な要求を強いた自分と藩の行動を光圀は反省した。
 そして、その反省をふまえたうえでの命が下った。

「次の関所まで、早苗で過ごすように。格之進は休みじゃ」

「はい…… ありがとうございます」

 早苗は元の姿に戻った。
そのとたん、クロは彼女の手を握って、にっこりとした。そして反対の手で助三郎の手を握り、二人の顔を交互に眺めていた。
 その様子を見た光圀は言った。

「その子は誰じゃ?」

「クロです」

 助三郎が一部始終を主に説明した。
不思議な話だったが、光圀はすべて理解し、受け入れた。
 そして、彼に話しかけた。

「クロ?」

「はい。なぁに?」

「お前さん、わしの言うこと解るか?」

「前もわかったよ。みんなが解ってくれなかっただけ」

「そうか、やはりお前さんは賢いの…… クロ、ありがとう」

「どういたしまして!」





「あっ! 雪だ!」

 次の日、早起きしたクロは、庭が一面真っ白なことに気付いた。
しばらく一人で雪の状態を確かめた後、寝所まで戻り、布団に飛び乗った。

「起きて! 助さん、起きて!」

 中からはまたしてもうめき声が聞こえた。
作品名:雪柳 作家名:喜世