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雪柳

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《03》夢の親子



 朝餉を取った三人は、温かい茶で一息ついていた。
そこへ突然、何かが風を切って飛んできた。
 早苗はとっさにそれを掴んだ。
手を開いてみると、簪だった。
 早苗も一応、簪飛ばしは習得していた。その師匠は、お銀。

 すると、天井裏から面白がる声がした。

「さすが格さん」

 簪の持ち主はやはりお銀だった。
 しかし、当の早苗はせっかくの団欒が邪魔され、身の危険にさらされて不機嫌だった。

「ふざけるな! 刺さったらどうする気だ」

 悪びれていないお銀は、謝らなかった。
さらにひらりと天井裏から飛び降りたかと思うと、勝手に湯呑に茶を注いで飲んだ。

「そんなこと知らないわ。掴むからいけないのよ。わたしは壁に刺すつもりで投げたんだから。……あら?」

 お銀は、行儀よく座って自分を見るクロに気付いた。
そして、早苗と助三郎の顔を見比べた後、とんでもないことを口にした。

「坊や、あなたのお父さんはどっち?」

 そのとたん、二人は彼女に喰ってかかった。

「変なこと言うな!」

「俺は男じゃない!」

 その様子にくすりと笑って、お銀はクロの頭を撫でた。

「そうよね。どっちにも似てない。あなたのお名前は?」

 すると、助三郎がクロにこそっと何か耳打ちした。
そして、クロは元気よくお銀に返事をした。

「クロだよ! お銀おばちゃん!」

 『おばちゃん』という言葉にお銀の表情は凍りついた。

「ちょっと! おばちゃんって何!?」

「良くやったクロ。偉いぞ」

 『おばちゃん』は助三郎の差し金だった。
お銀は彼を睨みつけた後、クロの顔をじっと見て言った。

「あの黒犬のクロなの?」

「うん。いつもおやつありがとう」

 行儀の良いクロにお銀は笑みを浮かべた。
しかし、先ほどの呼び方の注意をした。

「どういたしまして。でもね、おばちゃんはやめてくれる?」

 クロは素直に従った。

「わかった! お銀さんだよね?」

「そうよ。偉いわねぇ。はいおやつ」

「やった! ありがとう!」

 助三郎の膝の上に座って、クロはお銀からもらった干し肉をかじった。


 一段落ついたとき、助三郎はお銀に窺った。

「お銀、何の用事だ?」

「ご隠居さまのところにそろそろ行こうかと思って」

 光圀は一つ向こうの宿場。
しかし、早く行かなければ再び一人で遠くに行ってしまうかもしれない。
 弥七が着いているから心配はなかったが、早く謝りに行くに越したことは無い。

「そうだったな。すぐに行こう。そうだ、早苗」

「なんだ?」

「……せっかくだ、戻って早苗で行ったらどうだ? 見られる前に格さんに変わればいい」
 
 光圀の眼の前でいちゃつけば怒られる。
鬼の居ぬ間の洗濯で、助三郎は早苗ともっと過ごしたかった。
 早苗も乗り気だったようで、すぐに良い返事が返ってきた。



 宿を後にし、クロを間に三人で手をつないで歩いた。

「あなた達、親子みたいね」

 少しからかうように後ろに付いて行くお銀が言った。
 
「そうか?」

 助三郎はうれしそうに早苗を見た。
早苗も、彼に微笑み返した。
 間のクロは、二人の幸せそうな顔に上機嫌だった。
しかし、少し不快を感じていた。

「……やっぱり二本足って不便だね」

「そうか?」

「うん。全然速く走れないの。これじゃ猫見つけても追っかけられないや」

 その言葉に、早苗は優しく釘を刺した。

「ダメよ、猫ちゃんいじめちゃ。可哀想でしょ?」

「はい。でも、向こうがちょっかい掛けたら仕返しする! こないだね、真っ黒っで汚いってけなされたの」

 助三郎はクロを抱き上げた。

「へぇ。猫がそんなこと言うんだ。イヤなやつだったな、そいつは」

「うん。でね、その猫色々混じってたから、ぐちゃぐちゃって笑ったら、引っ掻かれたの」

「で、お前はどうしたんだ?」

「思いっきり吠えて、追いかけて、木の上に追いやったの。そしたらその猫降りてこられなくなった。クロの勝ち!」

 自慢げに胸を張るクロを助三郎は肩車した。

「偉いぞ。男の子はそれくらい元気じゃないとな!」

「うん! クロは絶対泣いたり逃げたりしないよ!」

 二人の様子を見て早苗は猫虐めを忠告するのを止めた。
助三郎とクロは本当の親子に見えた。
 温かい幸せな気持ちを早苗は感じていた。


 そんなこんなで、昼前に光圀が居る宿場に到着した。
お腹がすいたので、茶店で一服してから光圀を探すことになった。
 彼が居るという宿へは、助三郎が代表して行くことになった。

 待っている間、小さいクロは茶店の娘たちに囲まれ可愛がられた。
遊んでもらって喜んで居たが、疲れてしまい、最後には早苗の膝枕で昼寝し始めた。
 その寝顔を娘たちは眺めた後、仕事に戻って行った。
茶店の一部屋は早苗とお銀、クロだけになった。

 クロの寝顔を見ながら早苗は呟いた。

「……可愛い」

 その言葉に、お銀はそっと口にした。

「自分の産んだ子だと、もっと可愛いのかしらね?」

「わたしの子か……」

 そう言った途端、早苗は心のどこかがギュッと絞られるような感じを覚えた。
感じたことがあった感覚だが、それは今までで一番大きかった。
 
 
「赤ちゃん、か……」

 既に佐々木家に嫁いで二年が経っていた。
しかし、一向に懐妊の兆しが無い。
 一年目はまだ余裕があった。早い家では一年で子が出来る。
まだ大丈夫と言い聞かせていた。
 しかし今では、同じ時期に結婚した友人や親戚にはほとんど子が出来ていた。
その状況で、早苗は焦りを感じていた。
 『三年子無きは去れ』という言葉があてはまる刻限が刻々と迫っている。
しかし、夫も姑も何も言わない。
 急かしもしない、『まだ出来ないのか』などと一切言わない。

 しかし、背後には厄介なうるさい親戚が居る。
必ずその親戚が、なにかを言ってくるに違いない。
 その不安をふっと感じるようになっていた。

 そしてさらに近頃、ある不安、ある恐怖の言葉が頭をもたげてきていた。
 それは、自分の存在意義を揺るがしかねない物。
 それは……

『不妊』

 もしもそれが当てはまれば、潔く佐々木家を去らなければいけない。
それは理解していた。
 武家に後継ぎは必須。養子という手もあるが、うるさい親戚はそんな手を打つはずがない。
必ず、早苗を追い出そうとするに違いなかった。

 そんな不安を感じながらも、早苗は自分と助三郎の子が欲しかった。
眼の前のクロを見て、その気持ちは余計に強くなった。
  
「赤ちゃん、欲しいな……」

 
 お銀はそんな早苗の様子に、成す術もなく、ただ見守った。





 その頃、助三郎は弥七に向かい今にも殴りかからんばかりの剣幕で、怒声を上げていた。

「一体何してたんだ!? お前はこんなヘマしでかす男じゃないはずだろう!?」

 今まで、助三郎は弥七に怒鳴ったことはほとんど無かった。
年上、経験も探索能力も自分より上。そんな彼を尊敬していた。
 しかし、そんなこと関係なくなるほど、助三郎は取り乱していた。
 それを理解している弥七も、反論することなく素直に謝った。
作品名:雪柳 作家名:喜世