われてもすえに…
名前が聞き出せたことが大きな一歩ということで、たがいに喜び、次は姿を見ることが目標という結論で反省会は終わった。
食事を楽しみながら、政信は小太郎をからかった。
「彰子さまと仲良かったじゃないか」
「今までの女の子と違うんで、話しやすかったです」
この言葉に政信は吹いた。
「……お前、どれだけ女の子と会ってないんだ? 俺より酷いんじゃないか?」
ほとんど屋敷で女中に囲まれる位しか女と接触していない政信だったが、小太郎の免疫の無さには驚いた。
「皆、私をいじめてからかってばかりのイヤな子ばかりでしたから」
この言葉に、本物の十八歳二人組は額を寄せあってこそこそやり始めた。
「……こいつ一体何なんだろうな? 女にいじめられるって」
「ですよね? 女中の人気も最近は良鷹に集中してますし。男から見ても十分男前ですし」
「だよな? 体格も良いし。謎だ」
「はい。謎ですね」
除け者にされたと感じた小太郎は、二人に言い寄った。
「なんですか? 私の悪口ですか?」
「いいや。違う。お前の謎が気になっただけだ」
「……謎?」
一瞬、どきっとした小太郎だった。子供だと今ばれたくはない。
この江戸にいるはずの父が国に帰るまでは、主と先輩と今の暮らしを続けたい。
ばれたが最後、二人とのこの楽しい関係が崩れ去るのではとも近頃感じ、少し怖くなっていた。
『ガキ』と言われ、無視されいじめられるかもしれない。身分を偽った咎で、処分されるかもしれない。子供ながらに、恐怖を背後に感じるようになっていた。
いざとなれば、父に助けを求める。母がそう言ったことを思い出した小太郎は、その父に逢いたくてたまらなくなった。
どうやら、落ち込んだ気分が顔に現われていたようだった。
暗い表情を気にした喜一朗が助けてくれた。
「まぁ、人間謎だらけだから面白いんだ。気にするな」
「はい……」
その頃、藩邸の奥では彰子が主、蛍子に夕餉の支度をしていた。
その日の騒動のせいか、蛍子は少し顔色が良くなっていた。
毎日徐々に減っていった食事の量がその日、前日と変わらなかった。
嬉しくなった彰子は、ニコニコして主を眺めていた。
「彰子、どうかしたのか?」
「姫さまがお元気そうで嬉しいのです」
「そんなことで?」
「はい」
「……彰子。あの男はなんだったのかの?」
「……さて?」
彰子はしらばっくれた。
明日も来てくれれば、もっと主が良くなると思っていた。
一方、蛍子は遠い眼をしていた。
「また来ると言っていた……」
「楽しみですか?」
「……わからぬ」
「……そうでございますか」
ひとまず、毎日でなくても何回も会えば、心が休まるのではと子供心に考えた彰子だった。
また、彼女自身も姫以外の新しい話し相手ができて嬉しく思っていた。