屍体の桜
桜の花弁が広がる頃の話――
◇◆◇◆
はじまりはいつも唐突だ。
「また、仕事の話か?」
ため息混じりの問いかけ。意味のない、答えの分かっている問いは、あまり乗り気ではないという意志が無意識に反映されたものだ。
口にしてから失言だと気付くが、もう遅い。遅いついでに舌打ち。
「…君が何を思って、その問いと舌打ちをしたのかは大方想像つくくらい、付き合いが長く親交が深まったんだなー、と解釈しておくよ」
大げさに両手を広げて肩を竦める目の前の上司、もとい神。付き合いについては否定しないが、親交云々は訂正するべきだろうか、と少し頭を捻ってしまうのは、自分が捻くれているからなのか。
その捻くれついでに、当初よりは彼に対する甘えが出てきている自分は、ついつい口を滑らせてしまうのだ。
「…分かってんなら、やめてくれ」
「でもこれが君の役割だよ?マシロ君」
「………」
もはや沈黙で返すしかない。即答されることくらい、分かっていた。なのに質問した自分が悪いのは理解している。
…役割。己が望んだ役割ではない、と声を張り上げれば楽になれたのかもしれない。だがそれは、目の前の彼やこの場にいない仲間たちを傷つけ、裏切るようなことである。
それに結果的に選んだのは自分なのだ、今更後戻りなどできるはずがない。
「さ、モニター画面見て」
こちらがこれ以上何も言わないのが分かったのか、彼は区切りを入れるために大型モニターを指差した。
反抗する理由もなかったので大人しくそちらに目を向ける。
「今回の仕事は、お屋敷のお坊ちゃんの護衛。そのお坊ちゃんの名前は『玄笙洪牙』君。音楽の才を持ってる子だね」
「目印になるような顔写真とかはあるのか?」
「あは、ごめん、持ってない」
「……………」
え、何この人、神様のくせにそんなこともできないの?もしかして忘れてたとか?ターゲットがあるような仕事の上官なのに?バカなの、こいつバカなの?
動きとしてはフリーズ中だが、頭の中は罵詈雑言もといツッコミの嵐。中断が入らなかったらこれは無限ループとして流れ続けていただろう。
「じゃ、お話終わりなんでいってらっしゃーい」
「へ、ちょ、なにすっ……!」
…その中断方法に問題があるのはさておいて。彼女は仕事用移動装置もといワープ装置に落されたわけであった。
◇◆◇◆
手を伸ばし、弦に触れる。使い込まれたそれは、よく手に馴染み心を落ち着かせてくれた。
試しに一つ弾いてみれば、聞きなれた音が部屋に響く。ついでにもう一つと、気が付けば頭の中には譜面があり、自分は箏を弾いていた。
そのことに気付いたのは一曲が終わった後で、我に返って苦笑をこぼす。やはり自分は楽器が好きなのだ、と再確認しただけだった。
「…桜を見ながら、何か弾くか」
今年の桜は例年以上に美しいと、誰かが漏らしていた。その話が本当ならば、庭にある桜も今頃美しく咲いているに違いない。薄い桃に彩られた庭から、何か得られるものがあるかもしれない。
そう思い立った彼は、畳に手を付き腰を上げた。静かな足取りで障子の前に立ち、引き手に手を置き左へスライド。一歩踏み出したところで、一人の小間使いの慌ただしい足音を耳にした。
「どうかしたのか?」
普段であったら「落ち着け」だの「静かにしろ」だの言い放っていたはずなのだが、今回の小間使いの慌てぶりから、放つ言葉を選ぶことになった。
そんな彼の変化に気付く暇もないらしく、小間使いは息も切れ切れになりながら、用件を告げた。曰く「大部屋に至急お越しください」とのことだ。
問い返す前に踵を返してしまった小間使いを見届けながら、彼は桜を見ようとしたその足で大部屋に歩き出した。
◇◆◇◆
あれはとある春の日
桜の花弁が広がる頃
「実は……両親を亡くしてしまいまして。親戚もいないので身寄りもなく……」
広がる桜は美しく
「なら、こちらで働いていただく、というのはどうでしょう」
また狂おしく咲いていた
「ありがとうございます!」
桜は死体を喰って咲く
果たして少女は、屍体か、桜か
「これからよろしくお願いします」
未だ見ぬ景色を描きつつ
季節の巡りに浸るひと時
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