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ST終了のチャイムが鳴り、放課後と呼ばれる時間帯になった。わらわらと席を立つ波と一緒に、音無イリナは教室から出た。彼女はそのまま、階段を昇って左に曲がる。行先は、この学校に唯一ある図書室だ。
 裕福な家柄に産まれたイリナは、幼いころから様々な書物を与えられた。また、母が外国人なため、その中には様々な国の物も混ざっていた。そのためか、彼女は日本語以外の言語も読み取ることができる。外国の書物だって、日常的に読んでいる。
 そんな彼女の「図書室の『リクエスト用紙』にリクエストしまくる」という努力の甲斐あってか、今では図書室の一角に外国語の書物が置かれるようになった。…勿論、そこの利用者は少ない。
 1年生の時の努力に心の底から賛美を送りつつ、イリナはそのコーナーへ向かった。ずらりと身の丈以上もある本棚の間を通り過ぎ、入口からもっとも遠い隅へ目を向ける。
 そして、彼女は一瞬足を止めた。いつもは誰も居ない、それこそ自分以外に利用者はいないはずのそこに、自分がよく知っている人物がいたからだ。
 その人物は南雲郁といい、イリナの1つ先輩…つまり3年生で、彼女の幼馴染だ。郁は、陸上部に所属しており、放課後はだいたいグラウンドで走っていたため、図書室で彼を見たことなどなかった。
「………」
 普段はここにいない幼馴染。そんな人物が何を読んでいるのか、少し…いやかなり興味を持った。表紙を見る為、イリナは足音を立てずに彼に近づく。幸い、彼は全く気付く様子を見せない。余程内容に没頭しているようだ。
 それをいいことに、彼の視界に入らないよう、イリナは表紙を覗き込んだ。
(これは…絵本……?)
 確か、主人公の少女が喋るウサギを追いかけて穴に落ちる、そんな内容だった気がする。フィクションとして楽しめるメルヘンものだ。
 そう思考が答えを出した瞬間、彼女の中で何かが爆発した。次いで笑いがこみ上げる。ここで声を出すわけにはいかないので、イリナはすかさず背を向けて口を手で覆い、声には出さず肩を震わせた。少しでも気を抜いたら、場所も憚らずに大笑いしてしまいそうだ。
(ありえない…!“あの”郁が、絵本とか…!)
 常日頃から仏頂面で、一匹狼みたいに周りと交流持たない彼が。非現実的な物語とか「ありえない」とかいう言葉で一蹴していそうな彼が。幼馴染の自分ですら、ここ十数年は彼に優しさとか許容とかがあったかどうか忘れていたのに!
 そんな彼が、一般的に子供向けな絵本を、メルヘンな内容を、周りに気を配る余裕がないくらい熱心に読んでいる。これを笑わずして、何を笑うというのだ。性格悪いと言われたって気にしない。それくらいイリナにとって、この事態は衝撃的だったのだ。
 一人本来の目的も忘れて静かに耐えている彼女に、最後のページから目を離した郁はようやく気が付いた。瞬時に彼女の笑いの原因に気付き、すかさず彼は相手の肩を掴む。
「おい、イリナ。何を笑っている…!」
 急に肩に感じた圧力に、イリナの思考は現実に引き戻された。振り返らなくても分かる。郁の目が、いつになく鋭くなっていることは。背後から感じる怒気で、彼の機嫌が急速に悪い方向へと進んでいることは理解できる。
「っご、ごめんなさい…!あまりにも、意外だったから…あなたが、そういうのを読んでいることが」
 数回深く呼吸をして気持ちを落ち着かせた彼女は、体ごと振り向いて彼の手の中にある本に目を向ける。対する郁は、「やっぱりこれが原因か」と言わんばかりに苦渋の表情を浮かべた。知人に見られるのだけは避けたかったのだろう。
「…これは、昔母親が読んでくれたのと同じものなんだ」
「あなたのお母さんが?…あなたの家にも、絵本とかあったのね」
「別に親が買ったものじゃない。…お前の家から譲り受けたものだ」
 言いながら郁はイリナにそれを差し出す。内容を見ろ、と言っていると解釈したイリナは、受け取ったそれのページを開いた。
「…これ、原本よね。英語で書かれてるし」
 絵と一緒に載っている文字を見て、イリナはようやく彼の言いたいことを理解した。
 要するに、だ。イリナが幼い頃音無家にあった絵本が、彼女が読まなくなったため、お隣の南雲家へ渡された。当時の彼は、今より可愛らしく素直だったため、母親の読み聞かせてくれたその絵本の存在は酷く印象に残っていた。そしてたまたま入った図書室で、たまたまそれが目に入り…つい手を取ってしまった、と。
「…それにしたって無理があるわよ。普段入らない所の、一番奥で、幼少期に読んだ本を見つけるなんて。その上、私が近づいたり、下から覗きこんだり、挙句笑い出していたのにも、全く気付かなかったじゃないの」
 それだけ絵本に集中していたとか言われたらどうしよう。あまりにも似合わな過ぎる。事情を知った今でも、心の底から否定したくなる。普段の彼とのギャップが凄まじいのが主な原因だ。
 だがそれと同時に、その事に対して喜んでいるのも事実だ。ここ十余年間、全く想像していなかった彼の新しい面に、触れることができたことに。
「…うるさい。そう言われると思っていたから、知人…特にお前には見られたくなかったんだ…!」
 バツの悪そうな顔で睨まれても、今なら彼が可愛らしく見えてしまう。…そんな事を彼に言えば、また不機嫌になるのは目に見えているので口にはしないけど。


End 
作品名:しおりをはさんで 作家名:テイル