硝子の水滴
雨粒を弾くように並べた蜘蛛の巣に、ふと足を止めた。
これだけ目立つ罠にかかる獲物もないのだろう。子供だましなネックレスのように水玉が並ぶ。
巣の主である蜘蛛の姿もない。
「いっそ晴れれば、それでも綺麗なのかもね」
言いながら、雨傘越しに空を睨んだ。灰色に陰鬱な雲が何処かに行く様子はない。太陽を暫く拝んでいないなと思いかけて、当たり前だと苦笑した。
そもそも太陽の出ている時間に外にいることが少ない。
「あたしも、この蜘蛛の巣みたいなものかな」
言いながら、自分の格好を見下ろした。
夜の明かりの下では艶かしく見えるだろう薄いショールもさり気なくも派手なアクセサリーも、薄ぼんやりとしたた昼中では滑稽なだけ。こんな罠に掛かる間抜けた獲物もいないだろう。
そう考えれば、陰鬱な雲にも感謝すべきだろうか。いっそ薄暗い方が自分には似合っている、と。
「それも自虐的すぎ?」
ふ、と息を吐くふりで笑う。
くだらない物思いは、きっと自分には似合わない。
「たまの休みなんだから、パーっとね」
デパートの人工の明かりの下でショッピング、ランチ、疲れたらお茶をしているうちに、きっといつもの夜になる。
「だから、バイバイ」
誰にともなく呟くと、隙なくネイルで飾られた指先で、一気に蜘蛛の巣を引きちぎった。同じ指で、小さな鍵を郵便ポストに放り込む。
それきり振り向く必要はない。
きっともう、晴れてもあの蜘蛛の巣は、きらきら子供だましに光ったりしない。
そんなことは分かっていた。