眠たい雨
五月雨の降る空は暗い。
明かりをつけていない部屋の中。大きな窓はぼんやりとした薄明かりを斜めに差し込んだ。
ぽつぽつと窓を伝う雫越し、、遠くに見える雲の切れ間に目をやる。
絶え間ない水の響きは眠気を誘った。
退屈は、新たなる発見をもたらすことがあるという。
とりあえずあたしは、脳裏に浮かんだ言葉を、そのまま口にした。
「ねぇ、涙の温度ってどんくらいかな」
ソファに寝っ転がって視線だけを向けた先。床に片膝を立てて座った男は、手にした雑誌から目もあげないまま「は?」と気のない声を返した。
「何の実験だ? あまり生産性なさそうだが」
「目先の実利だけ追い求めると、人間の進化って止まるらしいよ」
「最初から退化してる場合は、どうでもいいんじゃないか」
「誰が退化した人間よ」
「使わない機能は、徐々に失われるんだろ、お前の脳味噌みたいに」
たまにはまともなものでも読めと、終わった雑誌を放り投げられた。ぶつかりかけて、危うく払いのける。
危ないじゃないかとじろりと睨む。
男は、こちらを見もせずに次の雑誌に没頭していた。
むかついて思わず投げ返してやったのにあっさりと避けられてしまう。
そもそも英語の科学論文満載な雑誌なんてものを宛てがうあたり、嫌味にも程がある。
「退化してんのは、あんたの気遣いとか、気配りとかでしょうがっ」
「それはもの凄く進化しそうな部分だな」
「どーこーがー?」
「退屈してる何処かの誰かの相手を、こんなにも懇切丁寧にしてやってるあたりが」
「…………」
はーあ? と呆れたような声をあげたら、ちらりと嫌味な笑みが閃いたのが見える。
「感謝したら、伏し拝んで喜びの涙を流してもいいぞ」
「遠慮するに決まってんじゃん!」
ふん、と、そっぽを向いた窓の外側。
先刻と同じ雨は、ただ、しとしとと降っていた。