長方形な文章
焼酎を片手にぐったりとしていたら、
頼んでもいない軟骨の唐揚げ一串が、
私の目の前に差し出されたのだった。
私がきょとんと目を丸くしていると、
お店のおじさんが店の奥を指差した。
あちらのお客様からですと彼は言う。
見ると奥の方の席で一人座っている、
白髪でもじゃもじゃ髭のおじさんが、
ニコニコしながら手招きをしている。
私は焼酎の入ったグラスを手にして、
おじさんの座るテーブルへ移動した。
私が座るや否やおじさんは笑い顔で、
本物の三角形を君に見せてあげよう。
そう言ってそっと手のひらを広げた。
現れ出たのは完璧な三角形であった。
なにが完璧なのかよく分からないが、
とにかく全ての三角形を代表すべき、
非の打ち所のない三角形だったのだ。
これこそが三角形のイデアなんじゃ。
おじさんは得意げに笑みを浮かべる。
そして彼は三角形を私に渡して言う。
この三角形を絶えず持ち歩くといい。
そうすればいつだって真実に合った、
論理的思考が出来るようになるから。
手わたされた三角形は私の手の中で、
きらっきらっと安っぽい光を放った。
おじさんの名前はもしかして・・と、
顔を上げて質問したときにはすでに、
おじさんの姿は消えてしまっており、
飲みかけのグラスだけがちょこんと、
空っぽのお皿とともに残されていた。
私は三角形を右手に握りしめたまま、
お勘定を済ましてお店をあとにした。
外はひんやりして気持ちがよかった。
夜空を見上げると月が浮かんでいた。
何故だかいつもより月らしく見える。
うまく言えないが月としての存在感、
そんなものをいつもより発している。
なんだかへんな感じだなと思いつつ、
駐輪場で自分の自転車を探し始めた。
ところがなかなか見つからないのだ。
すべての自転車が同じように見える。
どれもが「自転車」らしさを目一杯、
私に向かってアピールしているのだ。
私はいったん三角形を地面において、
もう一度自分の自転車を探し始めた。
今度は簡単に見つけることができた。
私は自転車を見失わないよう注意し、
地面に置いておいた三角形を拾った。
自転車のペダルをこいで夜道を進む。
同じカテゴリーに属するものたちが、
全く同じ形で完璧な世界を構成する。
なんとも不思議で素晴らしき世界が、
個人的知覚を越えて繰り広げられる。
イデア界って本当に存在したんだね、
おじさん、私はこの世界を信じるよ。
論文の執筆作業が思い通りに進まず、
ぐちゃぐちゃしている私の頭の中も、
これで大分すっきりするに違いない。
そんな淡い期待を心の奥に抱きつつ、
きーこきーこと自転車をこぎ続ける、
九月初旬の涼しい夜の帰り道だった。