空と風と少年と…
晴れた日の青空をバックに降りてくる真っ白な自転車。
それに乗って、いかにも楽しそうな表情で降りてくる。
彼の笑顔はまるで空と友達でもあるかのように明るく、風を仲間として飛ぶように降りてくる。
毎日閉じこもった部屋の窓から眺める風景。
その中に時々覗く彼の笑顔。
わたしは唯一それを見るのが楽しみだった。
この部屋に閉じこもるようになって何年経つだろう。
それは中学に入学してすぐのことだった。学校へ行くことが苦痛でしかなくなった。
外の楽しみも忘れ、人と接することが怖くて、ずっと独りきりで音のない世界に浸って過ごしてきた。
でももしかしたら、こんなわたしでも空と友達になり、風を仲間にして羽ばたくことができるかもしれない――その少年を見ていると、なんとなくそんな気分になれた。
それなのに――
ある日の午後、その少年は仲間の風とともに逝ってしまった。遠いところへ。
猛スピードで走ってきた大型トラックが、その坂道を、わたしの目の前を、いきなり横切っていった。
ガツッ!!
激しい音と共に、少年の身体も自転車も跳ね飛ばされ、トラックの急ブレーキの音に、付近の家々の窓や戸が一斉に開いた。その中の誰かが呼んだのだろう。まもなく救急車やパトカーが集まってきたが、少年の脈はすでにこと切れていたようで、周囲を取り巻く人々の渦からは、哀れみの溜め息が風に乗って流れてきた。
なんてことだろう。
少年の天使のような笑顔がわたしを救ってくれるかもしれなかったのに……。
この暗い苦しみの闇から開放してくれるかもしれなかったのに……。
そう思って、じっと目を閉じた。
そして、コンコンという音に目を開いたとき、ありえないものが見えた。
二階のわたしの部屋の窓の外に、少年が屈託なく笑っている。
よく見ると背中に羽が生えていて、彼は空中に浮かんでいた。
わたしが呆然と彼を見つめていると、少年はまたコンコンと窓ガラスをノックする。
そして、カモーンとでも言うように人差し指を曲げる。
わたしは、操り人形のようにぎくしゃくとした動きで窓ガラスを開けた。
すると少年はわたしの腕を掴み、そのまま空高くへと舞い上がった。
わたしは鳥になり、風になり、雲になった。
少しもっこりした雲の上には、彼のお気に入りの自転車がそっと置かれていて、彼がそれに乗り、わたしは彼の後ろに乗った。
彼はいつもの坂道を下るように、気持ち良さそうにその自転車を走らせ、わたしの胸を高鳴らせてくれた。
しばらくの遊覧飛行の後、少年は少し悲しそうな顔をしてわたしに言った。
「ミカ、君はまだ生きているんだ。まだ これからいっぱい飛べるんだよ!」と。
翌日わたしは、何年かぶりで自宅の玄関の外へ出た。
見上げると、真っ青な空の上で少年が笑っていた。とても嬉しそうに……。
「ありがとう」
わたしは空に向かってそっと呟いた。