君がいる日常
体を揺さぶられる。
「おい」
声が近くなる。更に更に体をもっと揺さぶられる。
「おい!」
声に怒気がにじみ出る。そこで、俺は彼女に抱きついた。
「ふふん・・・。忍法寝たフリさ・・・。まんまとひっかっかたな・・・お馬鹿な子猫ちゃん」
自信満々に俺が抱いていたのは、正真正銘、ただの子猫ちゃんだった。そう、先刻の声は夢の中の声である。なんと破廉恥な夢であろうか・・・!!
「・・・おはようミー子」
ミー子というのは、この愛くるしい子猫の名前であり、先刻、俺の名を呼んでいた者の名ではない。そもそも、彼女は俺を起こしになんてこない。
時計を見る。8時。
けっこう危ない。が、しかしだ。まだ、間に合う。
俺はワイシャツを着ながら階段を駆け下りた。(パジャマなどもとから着ていないのだよ!)
そこではきっと、マイマザーが暖かい朝食を「あら、まあ」といった感じで作っているの違いない。
テーブルの上、そこにあったのは確かに希望だった。
『仕事に行ってきます。なのであなたへの昼食代、500円 追伸、がんばれ』
「せめて、俺を起こしてから行きやがれええ!!」
しかし、このギリギリの時間帯で朝食を食べれなかったのは幸運だったのかもしれない。なぜかって?
時間短縮。
それ以外、理由は無い。だが、それ以外に俺にメリットになることも存在しなかった。
靴を履いて、勢いよくドアを開け放つ!靴紐が千切れて、地面にキスした。
「いてて・・・」
やばい。鼻血だ。そんなに勢いよく行ったのか、まったくもって力学は複雑だ。
「ほら、ティッシュ。・・・遅れるから走るぞ」
なんてクールに言ってくれる美少女はいない。出血しているほうの鼻の穴にだけ集中してふん!と血を飛ばす。某格闘マンガでよくある止血だ。意外と効果があるのでお勧めしておく。
結論、8時18分。俺はボロボロの姿となって自分の席についた。そこで横を見る。
(今日もあいついねぇのかよ・・・)
小倉小夜子。俺の幼馴染。幼稚園から今(高校2年生)までずっと一緒だった彼女は、俺にとっては恋人というより兄弟みたいなものだった。そんな彼女がこのごろ来てないのは俺としては悲しい次第だ。
学校生活は割愛。だって、みんなも過ごしたことがあるから分かるだろう?
高校生になると大抵の頭のいい奴は、よい子になるもんだからけんかなんて起きない。頭の悪い奴も、変なことしたら厄介だから何もしない。
ただ・・・、彼女だけはちょっとばっかし違ってたな。
放課後、ここから俺ら高校生にとっての楽しみだ。当たり前だがな。
ついでに言うと、俺は帰宅部だ。体験入部したサッカー部がきつすぎて吐いたのがトラウマとなり部活と聞くだけで僅かながら鳥肌が立つ。
そんな俺が真っ先に向かうのは家だ。
「ただいまー」
「・・・・・・」
返事は無い。一応、言っとくが屍じゃないぞ?
「今日も元気に張り切っちまったみたいぜ。うんえらいえらい!」
俺は頭を撫でる。こそばゆいが誉めるという行為は意外と心に響くのだ。
「たまにはりんごっていう気分だが、この冬の季節、やはり食べるはみかんでしょ。あ、そういえば冬といえば、落語か何かで春夏踏冬であきふみっていうネタがあってさ・・・」
そこで、玄関のドアが開く音がした。俺は小さく耳打ちすると
「行ってきます」
家から出て行った。
俺の毎日はこんなもん。だいたい一人だ。でも、本当に一人でいることは辛い。俺はそれを知っているから帰宅部になったのかもしれない。
この体はもう動かない。動くのは瞳だけだ。それでも思考は生きている。
この想いを単純に表現するならば『悲しい』だ。
それでも、日々は続いていく。私をゆっくりと殺すために。
でも、そんな私を支えてくれているのが彼だった。
私は一人っ子の甘えん坊さんだった。
それに比べて彼は、人見知りが激しいうえに体が弱い人だった。サッカー部に体験入部したとき、あまりのうれしさに熱烈コーチをしてしまったみたいだ。結果、彼は
吐いてしまった。ちょっと反省。
でも、彼は私との接点を持ち続けてくれた。彼は絵がとても上手な人だった。けれども、美術部には入らなかった。
なぜなら、そのころには私の体がどんどん扱えなくなっていたからだ。それは春休みの時のことだった。彼が吐くその前の練習で、私は頭にシュートを食らった。男子サッカー部のシュート。しかも、それはPKを託されるほどの腕前の。
一瞬、意識が跳んだ。それでも、すぐに痛いぐらいで済んだ。
問題は春休みが開けてからだ。
手が震える。
目がぼやける。
様々なことがおきて、ついには足が動かなくなり、腕もだめになった。
彼はそんな私を心配して、部活にも入らず私に付き合ってくれた。
今日も、ああやって彼は私の孤独をぬぐってくれる。
ありがとう。この言葉でさえも口にできない私を―――