未定
視界を下ろすと、そこに広がるのは森林。中には湖も見れる。
僕はこの村が好きだ。特に好きなのはこの見晴らし台だ。吹く風はさわやかでいて、心を潤してくれて、上下左右に確保された視界はどことなく僕の心を自由にする。
けれど、その光景はもう二度と見ることはないだろう。
ある日の、暑い日のことだった。その日は、雲が厚いのにまるで太陽を裂けるかのように流れていたので、よく覚えている。
隣国が攻めてきたのだ。その国の名はロイル。ロイル国は、僕の国であるアリオス国と隣接しており、僕の村はその二つの国の防波堤的な位置にあった。
結論から言うと、僕の村は滅びた。
間一髪、僕が助かったのは大好きなあの見晴らし台にいたからだ。それでも、危なかったことに変りはなかったが。
僕が彼らを視認するより先に、まず、見晴らし台に火矢が放たれてきた。それはちょうど僕の目の前を横切った。柱に刺さった火矢は瞬く間にその炎を広げ、見晴らし台の上
部を燃やした。
自分が立っていたあたり一面を火の海にされた僕は錯乱した。正気を失い、理性が働くなくなった僕は梯子も使わずに地面に飛び降りた。極度の緊張のせいか、痛みを感じた
記憶はなかった。ただ、足の骨は折れていた。まるで、突風に煽られた竹のように・・・。
恥ずかしいことに、僕はそのまま気絶していた。まるで、死人のように。そうやって僕が死体ごっこをしている間に、皆はもう本物の死体になっていた。
そのことは村に向かって分かった。僕が育ったエイダック村で。
あったのはこげたレンガ、わずかに燃え残った木々、そして、人間だったもの。山積みに、ごみクズのように・・・。否定された存在たちが・・・。
ああ、いない。
ああ、いなくなったんだ!
ケーンも、クラウも、アリスも、みんないなくなった。
―――違う。
死んだ?
―――死!
「うああぁああああぁあああ!!」
叫び声。たぶん、僕の。叫び。誰にも届かない慟哭。声が出ているか確認できなかったから。
孤独。今まで僕はそんなものは知らなかった。けれど、今、僕に遺されたのは人々の残響。いなくなった人々の声無き、叫び。
死のう。何せ、今の僕の体には耐え難い苦悩となくなりつつある感覚しかないのだから。
僕も死んで、みんなのもとへ行こう。天国にあるであろうエイダック村に―――。
ふと、僕の視界に騎士の剣が映った。
近寄って、手に取ってみた。きれいな銀色を宿していた。
剣を指で撫でた。刃はまだその鋭さを保っており、僕の指先を切り裂いた。
痛い。
痛覚が体に戻った瞬間だった。
「!?」
足が堪えられなくなった。思わず片膝をついた。
僕は自らの血を、敵のものであろう騎士の剣にしみこませ。剣に口付けした。
その光景はきっと、騎士の称号を頂く青年のようであったであろう。
―――俺の夢はいつもここで覚める。
4年経った、俺の体格はずいぶんと変った。背は伸びたし、筋肉もついた。俺たち、騎士団は定刻に起きなければならない。フォルト宗教騎士団である俺たちは定刻に目覚め、
定刻に祈り、定刻に食事をし、そして、訓練をする。
4年前、俺はこの騎士団の団長に拾われた。
「この惨劇に見舞われたのに助かったのだ。君は主に遣わされるべき子羊なのだ」
こうして俺はフォルト騎士団に拾われた。彼らには、とてもよくしてもらった。まずは、足の骨折を治してもらった。それだけでなく、リハビリというものにも付き合っても
らった。
なにぶん、使わない筋肉はどんどん弱くなっていくらしいのだ。だから、簡単な動作でも真面目にこなして、体をなんとか使えるものにした。
そんなこんなで、ボロ雑巾のようになっていた俺は健全な肉体を得、さらには訓練によって強くなった。
俺の心には当然、復讐心がある。
4年前、俺の村を滅ぼした隣国、ロイル国。俺はソイツらのやったことを忘れないために、自らの血を染みこませた奴らの剣をエイダック村があった場所に小さな丘をつくり
、そこに刺した。
現在、ロイルとアリオスは冷戦状態だ。エイダック村は一部の暴徒と化したロイル人たちの仕業ということで片がついてしまった。だが、あの残虐性と攻撃の強さは間違いな
くロイルの正規軍のものだと俺は信じている。
そして、恐らく団長はそれを予め知っていたのだ。そうでなければ、あんな辺境の村に宗教騎士団が団長を連れて来るわけがないのだ。
この4年間、俺は従順に生きていた。だが、腹の中では全てに復讐を誓っていた。エイダック村のみんなのための復讐を。