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君をU.F.O.

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<イリあ>が滑空する鳥のように大きく手を広げたのは私を抱きしめるためではなく、風と、それに含まれる音楽に乗って、ふわりと躍るためだ。

 エキゾチック!
 ずっと待っていたのよ?
 警戒☆警報!(Go!)

 屋上の風雨に晒されたスクラップ同然のスピーカーたちがアホみたいなアニメソングを鳴らし始めると、東京の空は少しだけ、何かの役割から開放されたように見えた。

 『止まらない!』のは『止まれない?』じゃなく
 『ツマンナイ!』のが嫌なだけ?
 『今だけ!』にじゃなく『今すぐ!』にほら
 私のハート見つけ出してね?

 クソみたいな歌詞に合わせて<イリあ>は楽しそうに躍る、躍る、まるで花のつぼみが開いていくのを早送り映像で見ているような、いじらしい、愛しいダンスだ。身に着けているピンクのドレスの裾がたんぽぽの綿毛のように、嬉しそうに跳ねている。

 もし私の恋の言葉が全て
 パトリオット・ミサイルだったとして
 それでも私を
 迎えに来てくれる?

 もし私の恋の気持ちが全て
 放射能汚染されたとして
 どろどろに溶けるまで
 抱きしめてくれる?

 私はさっきまで連打していたUFOキャッチャーのボタンから手を離し、制服のスカートからセブンスターを一本取り出して火をつけると二、三口だけ吸ってから足元に捨て、ローファーで踏み潰した。
「<イリあ>ぁあ、このウサギ、取れないんだけど!」と私は叫ぶ。もちろん<イリあ>は私の言葉など聞こえなかったように躍り続ける。
「いくら突っ込んだら取れんだよおぉお!」私は憤ってゲームの筐体を足の裏で思いっきり蹴りつける。けれどUFOキャッチャーはトリケラトプスみたいにびくともしないでびかびかした装飾を光らせ続けるだけだ。今月の軍資金はとっくに底を尽いていて、現在の投入分は来期の前倒し。ここで諦めてこの<初耳ウサギちゃん>を初期設定位置に戻すことだけは絶対に避けなくてはいけない。
「超長い耳が端っこに引っかかってんのよぉおコレぇええぇえ」
「これはあと3回で落とせますね」と、いつの間にか音楽が終わって通常業務に戻っていた<イリあ>がガラス越しにぬいぐるみを指差す。
「一回目で頭を手前に転がして、二回目で真ん中に頭をずらして、三回目で…」
「駄目よ!」と私はその案を即座に却下する。「あと400円しか無いの。だから2回で落とせる方法を教えて」
「絶対に無理です」と<イリあ>はその要求を即座に却下する。「物理的に経験的に直感的にお答えして、不可能です」
「不可能かもしれないけど、こっちも!限界!なのよ!だから何とかして!」と、それでも私は引き下がらない、というか後が無いから引き下がれない。
「何とか、と言われましても…」
「もういいわ!自分で何とかするから!」と私は肩まで延びた長い金髪をヘアゴムで後ろへまとめる。
「諦めたほうがいいですよ、ここはいったん退いて、次回に投資した方が」
「冗談じゃないわよ!」と、私は<イリあ>の助言を遮る。「ここまで体勢を変えるのにどれだけ実弾<5百円玉>注ぎ込んだと思ってるのよ!ここで絶対に落とすんだから!」
「いやいや、絶対に、絶妙に、絶好の具合で、無理です」
「五月蝿いなぁもぉお!」と私は思わず叫んでしまう。熱くなると私はいつだって、叫ばずにはいられないのだ。「男の癖に!うじうじ!言うな!」
 力強く挿入口に100円玉をねじ込もうとしたとき、その指先に冷たい、柔らかな衝撃を感じる。
「あ、雨だ」と<イリあ>が呟く。

「命拾いしましたね。『ひばりヶ丘屋上遊技場』、お約束どおり閉店させて頂きます」
作品名:君をU.F.O. 作家名:追試