残酷で無慈悲な攻撃
あるところに、某政府に捕らえられ、解剖され、切り刻まれ、死んだ異星人がいた。
だが、その異星人は生きていた。飽くまで、死んだ、という表現は地球の常識に沿ったもので、異星人の常識ではまだ生きている状態だったのだ。
彼は生き延びて自身の宇宙船に逃げ込んだ。そして地球を飛び去った。必ず地球を滅ぼしてやると、心に誓って。
数日後のことである。彼は、彼を捕らえ解剖した某政府のA大統領の元を訪れていた。そして、こう切り出した。
「我々には、地球を、いや、地球だけでなく太陽系そのものを滅ぼす用意がある」
「なっ……我々がいったい、何をしたのだ。滅ぼされる理由をうかがいたい!」
「私は、数日前に貴様らに捕まり、体のあちこちを引き裂かれた。その復讐と言えば、納得してもらえるだろうか」
「ば、ばかな。奴は死んだはずだ!」
「『奴』ではない。『私』だ。そして『死んだ』というのは、飽くまで地球人の尺度に過ぎない。こうして現に私は生きている」
進退極まったA大統領は、異星人の解剖に関わった機関の者たち全員に招集をかけて大統領室に集め、異星人の前に並べた。そして、ある交換条件を異星人に持ちかけた。
「あなたを傷つけた者、全員を、ここに連れて来た。私も含めてそうだ。私たちを煮るなり焼くなり、好きにして良い。どうか、この地球と太陽系を滅ぼさないでいただきたい」
異星人は、その交換条件を一笑に付した。
「それは駄目だ。我々は、我々が用いることのできる最も残酷で無慈悲な攻撃を、この太陽系に対して既に行っている。己の軽薄な行動を悔い続け、滅びるが良い!」
異星人は、声高らかに笑って、大統領室を出ていった。そして宇宙船に乗って、地球から飛び去っていった。
某政府の面々は、あまりにあっさりと滅亡を告げられたことに呆然としていた。そこに、宇宙を観測している機関の責任者が飛びこんできた。
「大統領、大変です。太陽系に、新たな木星型惑星が一つ、発見されました。木星と土星の間です! さきほどの異星人どもが置いていった星のようです!」
木星型惑星とは、主に水素やヘリウムなど、気体を主成分とする物質で構成された巨大ガス惑星のことである。木星と土星がそれである。責任者の報告によると、木星とも土星とも違う新たな惑星を、異星人がこの太陽系に持ってきたことになる。
「な、なんだと……!」
大統領は驚いた。そんな技術力のある異星人なら、太陽系を滅ぼすのは、赤子の手をひねったり、高い高いをしたり、抱きしめて頭をなでまわしたりできるほど、好き勝手で簡単なことに違いない。
「それで、どうなるんだ! その惑星を地球にぶつけるつもりなのか!?」
A大統領は半狂乱になって問い詰めた。その様子を、異星人の解剖に携わった人々は、唇をかみしめて見守っていた。
責任者は重々しく告げた。
「いえ、違います。新たな惑星の公転軌道は、とても安定しています。地球はおろか、他の惑星と衝突することはありません。しかし、地球は……太陽系は、間違いなく、滅亡します」
「ど、どういうことだ……?」
A大統領は目を白黒させながら、額の脂汗を懐から取り出した絹のハンカチで拭き取った。そして思いついたように尋ねた。
「原理なんか、今はどうでも良い。いつだ。地球が滅亡するのは、いつなんだ!?」
責任者は息も切れ切れに答えた。
「スーパーコンピュータにシミュレーションさせたところ、一千万年後だと分かりました。一千万年後に、この新たな惑星の重力によって、まず木星と土星の動きが乱されます。そこからは、ドミノ倒しです。全ての惑星の動きが乱され、公転する勢いを失い、太陽に落下してしまうのです。太陽系の滅亡です!」
責任者の説明を、A大統領と解剖した人々は、口をポカンと開けて聞いていた。その時、高笑いと共に、異星人の立体映像が大統領室に現れた。
「地球人よ、灼熱の水底に沈む瞬間が、五十億年から一千万年に縮まった気分はどうだ! 己の愚かな行為によって失われた四十九億九千万年を、己の文明が栄える時間を失った事を悔いながら滅びるがいい!」
はっはっはっは!
立体映像の異星人は晴れ晴れとした顔で笑って、大統領室から消失した。
静まりかえった大統領室で、A大統領はポツリと言った。
「そんなん、どっちも同じやん……」
人類が一千万年後を待たずに、滅亡してしまったのは言うまでも無い。