ミハシ
俺は向こうでしか会わない友人、KとMとの3人で、毎日「探検」に明け暮れてた。
解るかな、田舎の探検は都会のごっこ遊びとはひと味違う。
小型ナイフで草を刈りながら川べりを下ったり、焚き火を起こして持ちよったイモを焼いて食べたりしながら山道を進むんだ。
裏山の奥にある防空壕、川向こうの町、山の上にあるお稲荷さま…いろんなところに行った。楽しかったな。
夏休みも終わりにさしかかり「探検」のネタも尽きてきたある日、Kが言い出した。
「今日はさ、ミハシに行ってみないか」
それを聞いたMの顔色がサッと変わった。
「ミハシはダメだって。ぶん殴られるくらいじゃすまないよ」
地元民じゃない俺には解らないが、ヤバいところらしい。
ふたりが言うには、ミハシとは山の裏手側にある「入ってはいけないところ」。
地元の子供は皆、きつく立ち入りを禁じられている。
子供たちの間では、ミハシには幽霊が出るだの殺人鬼が棲んでいるだのという噂があるらしい。
…そんなところ、悪ガキに行くなと言う方が無理だ。
すっかり乗り気になった俺は、Kとふたりで渋るMをなだめすかし、ミハシ探検へと繰り出した。
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山道のはずれに、言われないと気づかないような横道が細く伸びていた。手入れもされていない、ほとんど獣道だ。
「この先がミハシだ…行くぜ」
緊張した面もちでKが声をかける。Mは顔面蒼白だったが、帰るとは言わなかった。
俺にはいまいち事の重大さが解らなかったが、思えばこのふたりが今までここに入らなかったということ自体が奇跡だ。それほどの場所かと思うと、正直わくわくした。
道なき道を歩き30分も経ったころだろうか。一軒の小さな祠を見つけた。中にはお札と小汚いコケシがひとつ。
前方の視界が開けている。
ミハシに着いたらしい。
ざっくり言うと、ミハシは開けた一本道だった。
俺らが入ってきた祠がある道が、一帯の中心を走り山頂に続く森へとまっすぐ続いている。
両脇には小さな木造の平屋が大小2軒、廃墟同然の体で建っていた。
異様だったのは、道の真ん中に立っている大きな杭。
祠で見たのと同じお札が大量に貼ってあり、隙間から見える木面は朱に塗られていた。
小雨が降ってきて、空気がひんやりと冷たい。
鳥や虫の声もない。異様なほど静かだった。
今にして思えば、危険な心霊スポットでよく聞く感覚。
それでも俺は努めてなんでもないようなふりをして、
「よし、家の中まで行ってみようぜ」
と言って歩きだした。
Kも、「思ったほど大したトコじゃないな」なんて言いながら続く。Mは泣きそうな顔でついてきた。
二軒のうち西側の家は、一間しかない屋内に小さなちゃぶ台と箪笥が転がっているだけの、殺風景な中身だった。
かつて誰かが生活していたのは間違いないだろうが、風化しきっていて、今現在使われている様子はまったくない。
ちょっと拍子ぬけだった。
少しだけ勇気づけられた俺たちは、もう一軒の建物に向かった。先程の建物よりさらに小さい。小屋か物置といった方が近いかもしれない。
扉は釘で打ちつけられていたが、ボロボロに錆びていて、蹴飛ばしたらすぐに外れた。
のぞき込んだ室内は真っ暗だったが、どうやらがらんどうだった。
なんだ、こっちもハズレか…
そうつぶやきかけたとき、Kが悲鳴をあげた。
「うわッ、おい、上!」
上?
見上げると、天井の梁から棒状の何かが無数に吊されている。
ーーコケシ?
目が慣れてぼんやりと浮かび上がってきたのは、無数のコケシ。
いや、コケシと言っていいのかすら解らない。
木片におざなり程度の顔が掘られた人形が。
ーーぎっしりと、天井を埋め尽くしていた。
呆気にとられている俺らの後ろで、また悲鳴があがった。
「向こうからなんか来る!」
Mだ。俺らが来たのと反対の道を指さして叫んでいる。
「なんだよ、なにがくるんだよ!」
「いいから逃げよう、やばいって!」
半狂乱になった俺たちは、全力で来た道へと走り出した。
駆け出す間際、俺は一瞬だけの指す方向を確認した。
ぼんやりした、小さな人影が見えたような気がした。
/
ほうほうの体で町まで辿りついた俺たちは、翌日会う約束だけして言葉少なに解散した。
特にMは土気色の顔でガタガタ震えており、一言も口をきかずに帰っていった。
その夜、夢を見た。
一本道の向こうから、何かが歩いてくる。
ふらふら、ふらふらと左右に揺れながら。
ミハシを抜けて、祠の横を通り過ぎて、獣道をゆっくり降りてくる。
異形。
言葉を知っていたら真っ先にそう思っただろう。
小柄な体に赤い和服。子供だ。
だが手と首が異様に長い。恐らくは胴体以上に。
手はずるずると地面を引きずり、轍のような痕を残している。
ぎこちなく揺れる首の先には、眼珂のない干からびたおかっぱ頭が乗っていた。
ときおり、ヒュウヒュウと風の通り抜けるような音。
…笑ってる?!
なぜかそう思った。
ゾッとして悲鳴をあげたところで、目が覚めた。
翌日、KとMに会うやいなや俺は夢の話をした。
話を聞くうちに、ふたりの顔が青ざめていく。
俺が喋り終わってしばしの沈黙の後、Kがポツリといった。
「俺も…おんなじ夢見た」
Mは俺にスケッチブックを差し出した。
「昨日帰ってから描いた。僕がみたもの」
…言うまでもない。
首と手の長い、ひからびた頭の子供の絵だった。
このことを抱えきれなくなった俺たちはこの後すぐにミハシでの出来事を親に話し、こっぴどく叱られた。
そして俺は予定を早めて東京に帰り、その後ずっと帰郷についてくるのを父に禁じられた。
だから俺の体験としては、ここで終わりだ。
この先は、ずっと後で大人になってから東京にでてきたMに聞いた後日談。
あの後、Kは近くのお寺で簡素なお払いを受けて済んだが、Mはひとり別のお寺に連れて行かれたという。
Mはどうやら「視える」体質で、そういうものを引き寄せてしまうことがあると言う。
お払いは念入りだったそうだ。
お神酒やら祝詞やらが続いた後、結界を貼りお香を炊いた部屋に一晩泊まらされた。
「…これは正直夢だったのかもしれないんだけど」
とMは続けた。
その部屋で怯えながらも眠りについて。
どれくらいたったか、ふいに目が覚めた。
ヒュウウ、ヒュウウと風の音が耳に触る。
台風でも来ているのかと窓から外を眺めたら。
ひからびた頭が、枝のような首をしならせて。
かすれた音を立てて笑いながらこちらをのぞき込んでいたという。
(了)