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ハッカとチョコレート

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すくいあげてパンケーキに塗りたくったチョコレートで汚れた手で頬をさわってみた。茶色く甘ったるく汚れていく自分に快感を覚える。ああ、ねえ、君は今どこにいるの?ここに来てこのあたしを見てよ。君のきらいな冷めたあたしなんかじゃなくて甘い女の子に今度はなるからさ。
見て。
つぶやいてみてその言葉のばからしさに吐き気をもよおす。甘ったるいにおいに気づかぬふりでパンケーキを手にとってかぶりつく。いくら甘いにおいを纏ったところであたしは甘い女の子にはなれない。偽者の甘さなんてきっと君にもすぐに見抜かれてしまうだろう。君が愛すのは心の底から甘くて可愛い女の子。足の先から髪の一本一本まで、染み付くように甘いにおいをたゆたわせた子。あたしじゃない。パンケーキを食べ終わってお風呂に入る。チョコレートが服につかないように服を脱ぐのに苦労した。まったくばかなことをしたもんだ。チョコレートまみれの顔を鏡に映してみる。茶色く汚れた白い顔の中で目だけが世界を憎んでるみたいに輝いてた。ダメだ。愛されたい!なんて可愛く言ってみせたところでこんな瞳じゃ、刺してやるわ!とか言ってるのとおなじだ。風呂場に入ると毎日せっせと磨いている綺麗なタイルがあたしを迎えてくれる。タイルは冷たくてあたしを裏切らない。指先で撫でて、額を押しつけて、それから蛇口をひねった。シャワーが冷たい水をさらさらと流してあたしの甘いにおいを流していく。愛用のボディーソープを手にとって丁寧に体を洗っていく。自分の体をさわっている瞬間、それがあたしの至福の時間だ。タイルとおなじに、タイルよりもっと、この体はあたしを裏切らない。茶色いチョコレートが白いボディソープと一緒に排水溝に流れていって、どうしようもない虚無感をおぼえた。あーあ。あーあ。あー。きゅ、と蛇口を最初と反対側にひねれば、シャワーは段々勢いをなくして、やがて止まった。
あたしはあたしを裏切らないものが好きだ、とパンツに足を通しながら思う。こうしたらこう!と決まっているものが好きだ。だけどちょっとは夢も見たい。こうしてもこうならない現実、にも出逢ってみたい。そんなあたしが君に出逢えたのは僥倖、だったんだろう。君はいつでもあたしの手に余る。こうしたらこう!とあたしが思ったのとまるでちがう答えを出す。そしてあたしのことを冷たい女だと言う。あたしを裏切って、あたしとまるでちがう甘い女の子のもとへ行ってしまう。キャンディーのような女の子が好きなんだそうだ。とくにイチゴ味が好きなんだって。あたしは言ってみればハッカのようだって言った。でもさあ、ハッカって最高にクールじゃない?最後にたくさんおいしいところの残る、ちょっとツンとした後味がクセになっちゃう、そんなあたしはおきらいですか?ブラジャーをつけてみても何の意味もなさないようなやせぎすの体が鏡に映る。鏡はあたしを裏切らない。だけどあたしは鏡はきらいだ。偽者のくせにそんなにも本物みたいな顔をしないで欲しい。あたしの顔はやっぱり甘くもなんともなくて、瞳だけがこちらを抉るように見ていた。ねえ、あたし君のこともこんな目で見てたのかな。君はどんなきもちであたしを見てた?あたしにとって、君は人生ではじめて最高に欲しい!とおもったものだったんだけど、君にとってあたしはちがった?あたしは君の特別になりたかったよ。
髪の毛を乱暴に拭きながら風呂場から出てきたら、いるはずもない君があたしのチョコレートクリームを勝手にすくって舐めて、「これちょっと甘すぎない?」と言った。あたしは一瞬目を瞠って、「あたしもそうおもった」と言った。君はだよね、とつぶやいてから、ねえ、ハッカ味が食べたくなったんだけど、今ハッカ切らしてる?とはにかんだ笑みを浮かべてちいさな声でささやいた。
作品名:ハッカとチョコレート 作家名:坂下から