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株式会社神宮司の小規模な事件簿

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 その日紫野嘉代子は嫌な予感がしていた。というのも朝から水道が故障しずぶ濡れになり道路に落ちていたバナナの皮に滑りロート製薬ばりに鳩が飛び交っていると思っていたら糞をかけられ駅に着くまでに6台の霊柩車に轢かれかけ黒猫が13匹横ぎり電車では隣に立つ見知らぬ男にあっちむいてほいを強いられやっとたどり着いた会社は何処かの馬鹿による爆破予告の悪戯電話により臨時休業であったのだ。
 これにはさすがの嘉代子嬢も唖然としてしまったのは無理からぬ話である。
「何て不吉なのかしらん。何か不幸が起こるに違いまい。」
 しかして気丈な嘉代子嬢はしゃきと背筋を伸ばし前を向いた。少年の様なショートカットは彼女の細さと白さを際立たせむしろその女性らしさを強調している。そして動物の様なくりくりとした黒目は単なる女性らしさにはとどまらない、彼女の内面の野生的な強さを表していた。しかしそれらは決して野蛮な強さではなく、高貴な上品さを秘めた意味での強さだったのである。
 嘉代子嬢はしばし頭を捻った後ぽむと手を打った。
「お経を唱えませう。そうしませう。」
 そうして南無南無と嘉代子嬢が念仏を唱えているとぽむと肩を叩く者ありけり。早速念仏の成果かは解らぬがそこに立っていたのはふうわりとした男、つまりは他ならぬ神宮司西一郎氏であった。
 そんなことは露知らぬ嘉代子嬢は如何にも紳士然とした彼に好感を覚えた。現代日本に紳士然とした紳士はそうはいまいと彼女はよく知っていたのだ。似非紳士ならば五万と存在するのだが。
 「如何致しましたかなお嬢さん。」
 嘉代子嬢はにこりと応える。スーツは糞で汚れているものの成る程育ちの良さが隠しきれぬ笑顔であった。
「少し不吉な予感がしました故に念仏を唱えていたのでございます。」
「成る程それは結構な心掛け。」
西一郎氏は満足満足という風に頷いた。嘉代子嬢はよくわからぬままににこにこと微笑みを絶やさない。それを見た西一郎氏は益々深く頷き続ける。
「しかしてお嬢さん君は今不幸かい?」
「いいえ少し不吉な予感がするだけで。」
「それは結構。真に結構であるが、その不吉を避けたいとは思わんかね?」
「それはまぁ出来るならば。しかして私これでも紫野家の跡取り娘、如何なる不運も甘んじて受けるつもりでございます。」
 西一郎氏はぴくりと眉を止める。紫野家といえば由緒正しき鷹匠の家系。愛しき孫娘神宮司都が鷹匠に嫁入りしたがっていたのをふと思い出したのである。
「此処等でとっかかりを作るのも良いかも知れぬなぁ。」
「はい?」
「いやなに此方の話故。ところでお嬢さん、兄弟や親戚、いいや子弟でも構わぬのだが、紫野家には独り身の男集は居らぬかね?」
「えぇ勿論。兄弟は居りませぬが親戚ならば何人か。とくに再従兄弟の菊兄さまなどはとても素敵な殿方なのですが如何せん不器用で今年27になるというのに未だ独り身ですの。ただ身内が申しますのも何ですが鷹匠の腕は確かなものですのよ。父の御墨付きだから確かですわ。無論跡取り娘の私にはまだまだ足元にも及びませぬが。」
 そう言うと嘉代子嬢は茶目っ気たっぷりににこりと笑った。そしてくりくりとした瞳でくりくりとした西一郎氏の瞳をじっと見詰めた。
「しかして何故にそのような質問を?」
「見合いをせぬか?」
 嘉代子嬢は思いがけぬ応えに目をぱちくりとしばたく。
「菊兄さまが?」
「いいや君が。しかる後にはそちらの殿方も。」
 嘉代子嬢はしばし黙りこくる。始めこそは驚いた顔をしたもののすんなり受け止めた様でその提案の善し悪しをじっくりと思案しているようだ。西一郎氏はそんな嘉代子嬢の肝の座り具合に大層感心していた。
 嘉代子嬢は最後にふむと頷くと顔を上げにこり微笑んだ。
「解りましたわ。ものは試しです。そのお誘いお受けしましょう。それに度重なる不幸の後は大概が丸く収まるものと相場が決まって居りますもの。きっと今回もそうなってくれましょう。しかして聞きそびれて居りましたが貴方さまは一体?」

 西一郎氏はさも嬉しそうににかにかと笑う。
「神宮司西一郎と申します。」