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空の子供

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私も後ろから覗き込む。慌てて。
だって、結婚!? 結婚よ、空の子供が! 魔物の王と!
 わぁ、本当に契約書に、結婚しろって書いてある…妻になれって…。
 「あんた、頭が沸いてるんじゃないの?」
「っていうか、タチの悪い冗談じゃろ」
「判った、今日エイプリルフールなのよ!」
「至って真面目なんだが」
 …真顔で、そう言われても。
 「…都合の悪いこと…よね、これって」
「…もらい手のない愚姉を持つ弟としては、どう言えばいいのか……。……というか、姉が実父と結婚……末恐ろしい」
「あんたは一言余計で嫌いなのよ、ねぇ、夕子ちゃんこれって…」
「罠よ」
「罠?」
「空を倒させて、結婚した後で、空の権力を握ろうとしてるのよ」
「……それなら、納得がいくのう」
 パイロンが扇で自分を扇いで、落ち着かせようと、冷静になろうと努める。
ハオはハオで何事か黙り込んで考えているし…あ、頭を抱えた。
 「ジャオファ」
「何だ。ハートマーク付きで呼んで良いぞ」
 冗談を真顔で言うのはやめてくれないかな、と私とハオの心境が一緒になったと思う。
 「あたしは、生憎この世界に闇を訪れさせるわけにはいかないし、あんたの嫁にもなれない」
「……何故だ?」
 ハオがそういうと、ジャオファは半目になって、目つきを鋭くする。
なんというか、底が知れない目だ。パイロンの催眠がかった目つきに似ている。流石親子。
 「あたしはね、月を倒したら、月になるの。それが、月の子の役目よ。あたしにしか出来ない」
「…月になると?」
「ええ、月になって、人々を優しく照らすわ」
「光が必要なら、オレがなる。オレは太陽の子でもある。お前さんは結婚して子供を産め」
「…パイ。あんたじゃ無理よ、力がきっと足りないわ。だって、あんたは“雲の子”だもの。それに、あんたの親は、あいつでしょ? 言いたくないけど、こんなこと。でも……――太陽じゃない、あんたは」
「ッ条件は同じじゃろう? 雲の同胞」
「パイ、年長者の言うことは聞きなさい」
 たしなめるような言い方で、ぴしゃりとパイロンに言葉をぶつけるハオ。
 パイロンは何か言いたげに口を開くが…すぐに閉じる。
 それを見るなり、それでいいのよ、とハオは頷く。
 「というわけで、あんたとは結婚出来ないの、契約は無理ね。此処からお出し」
「……闇だけの世界にならないのか、残念だ。だが、興味を持った。僕は益々その闇が欲しい。深く醜い闇を持つ月、僕の伴侶に相応しい。あんな、色んな物体食ってる奴なんかより、お前の方が、伴侶に相応しい」
「……ハオの何処に闇があるの?」
「…気づかないか? 日野夕子。月の子には、何か後ろめたいことがあるようだ。それがずっと自分を苦しめてる。お前の存在にも苦しめられてる。雲の子の存在にも苦しめられてる」
「私とパイロンに…?」
「平たく言うとだな、太陽の子への死が自分の所為で、もっと早くにお前らの存在に気づけたら、と後悔しながらも、何故此処まで兄弟仲を乱すと……」
「ジャオファ! それ以上言うと、殺すよ!」
「お前に僕は殺せない。傷一つ負えないだろ? さっきから攻撃しているのに」
「……それでも、牙を。殺そうと努力するさ」
「……闇に捕らわれかけているのに、そういう気の強いところが、気に入ってるんだ」
 ジャオファは少しだけ柔らかい笑みを見せた。その笑みに、私はぼうっとした。パイロンが声をかけてくれなかったら、私が捕らわれていただろう。
 「今、私、ぼーっとして…」
「ジャオファは魅了の術を持ってると聞いたことがある。それにやられたんじゃろう。なるべく奴の目は見るな。ハオ、ハオ?」
「あたしは大丈夫よ。…ねぇ、だから、さ。とりあえず、嫁は無理なんだから、此処から出しなさいよ」
「契約書にサインだ」
「出せ」
「契約書」
「無理だと言っただろ」
「無理じゃない。月だから伴侶になれない? 常識なんて、魔物には通じないぞ」
「……都合の良いことを」
「そろそろ逃亡の資金も尽きてきてるだろ。そろそろ空に行って倒したいだろ。日野夕子を空に連れて行きたいだろ?」
「……」
「…僕の魔力も力も強いのは、もう判っただろ? 見ただろ? 自分で実感しただろ? …契約書に嘘は無い。其処に書いてあるとおり、日野夕子を空まで連れて行き、お前の望むままに力を貸してやる」
「もう一つ追加よ」
 凛とした声で、真っ直ぐとジャオファを刮目して、ハオは言葉を発する。
 「日野夕子とその子孫に強い使い魔を与えること」
「…使い魔?」
「夕子ちゃん、聞いたこと無い? 条件無しに使役される魔物よ、使い魔は」
「成る程、それなら、日野夕子が地上に居ても、簡単に死ぬことはないな。人間思いだこと。それは、太陽の子への手向けか?」
「五月蠅い黙れ。……それを約束して契約してくれるなら、サインするわ」
 ジャオファは少しの間、考える素振りをしてから、ふむ、と唸った。
 「使い魔の暗黙の条件を知ってるか?」
「暗黙の条件?」
「自分より魔力が高くないと使役されん。日野夕子の魔力なら、中級魔物しか使役できん」
「それを何とかするのが、あんたの仕事よ」
「…まぁ、命じてみる。契約書にサインするか?」
「ペンを貸して」
「ハオ! …正気か? 魔王だぞ、相手は魔王! 月の子が、月になる者が、魔王の嫁!」
「パイ、そりゃね、あたしだって、自分でも馬鹿? …って思うけど、これしか、もう手はない。いい加減、決着をつけたいじゃないの」
「……せっかちめ。だから、愚姉だというんだ、馬鹿姉者!」
「何よ、あんたなんか、さっきから怯えてる癖に! 怖いんでしょ!? さっさとあいつから離れたいんでしょ!?」
「……!! オレの所為にする気か?!」
「まぁ、それもあるけど違うわ」
「…――ハオ、私の為なの? 私のために? ……気遣わないでいい、大丈夫よ、私なら」
「でも、空飛べないじゃない。高すぎて届かないじゃない。もう……魔物に頼るしかないかもしれないじゃない、手は」
「……ハオ」
「あたしね、あんたのこと少し嫌いだった。あんたさえ居なければ、シェイはMASKに捕らわれることは無くて、シェイもあたし達兄弟の異様さに気づかなかったでしょうね。…でも、あんたと会わなかったら、シェイは……そう思うと、あたし、あんたにとんでもない恩を受けたんじゃないだろうかって、考えちゃうのよね。恩は返したいじゃない。それに、今は、あたし、あんたのこと嫌いじゃない。……ずっと、シェイとあんたのことを考えていたの。あたしは、もしかして、あんたとシェイに恩を返すためにこの世界を旅している? そう考えたら、一緒に連れてるパイロンが可哀想になっちゃった」
「……ハオ」
 いつもは強いはずの瞳が、揺らいだ。涙だろうか、そう考える間もなく、瞳は強さを取り戻し、ハオは拳を作って、握りしめ、力を増した。
 私はそれを見て、ハオに鳥籠の檻の隙間から手を伸ばした。
作品名:空の子供 作家名:かぎのえ