空の子供
貴方の体を私は抱き、心への大打撃を泣き叫んで、空を憎んだ。
人の姿のまま、死んだのは、何故?
貴方なら、竜の姿が本当の姿なんだから、竜の姿で死ねたのに。
貴方は、私と一緒の種族でありたいの?
シェイの言葉が、脳内でリピートされる。
――同じ空の子供だったらよかったのに。
シェイ、でも、私、人間で良かったよ。
だって、そうじゃなければ、グイみたいに冷静に貴方を斬っていたかもしれない。
そうじゃなければ、ハオみたいに貴方を殺せないと泣き叫んでいたかもしれない。
そうじゃなければ、パイロンみたいに寝ている間に貴方が死んでいたかもしれない。
空の子供であっても、愛せる自信はあるけども、人間でよかった。
だって、人間である方が、貴方への愛が深まってる筈だから。
空の子供、太陽の子、シェイ。
貴方が好きよ。
*
誰も何も喋ろうとはしなかった。
ただ、ハオの泣くのを押さえようとするしゃっくりだけが、響いて。
桜吹雪がそれを慰めるように、ハオを包む。だけどシェイが死んだと同時にその勢いは消えていて、最後には撫でるような風が、ハオの髪を弄ぶだけだった。
「……何が、起こった?」
頼りない、弱気な声が聞こえた。
何かを恐れているような、震えた、怯えた声だった。
……――パイロン。
パイロンが、よろめきながら、私たちへ近づく。
「何が、起きた?」
誰も答えられない。現実を認めたくなくて。
「末っ子、何故横たわってる?」
誰も答えないから、シェイに問いかける。答えられない。現実が厳しいから。
パイロンがシェイの方に歩み寄り、屈んでシェイの頬を触る。
「末っ子、どうしたね」
「パイロン、死んでる」
「末っ子、起きろ。男は女を泣かしてはいけない」
「パイロン」
「末っ子、ほら、起きんか。MASKはもう逃げたんじゃろう? 殺される必要はなくなったんじゃろう?」
「パイロン、死んでるの」
「人の子、愚弟がすまんなぁ。重かろう、その膝に乗っけていては」
そういって、私が抱きしめていたシェイを奪おうとする。私は首を振り、益々シェイをぎゅうと抱きしめる。
――パイロン、死んでいるの。シェイは。
パイロンは、ショックを受けたような顔をした後、行き場のない手を握りしめ、拳を作って、地面へ叩きつける。
それから、畜生、と呟いた。
「……シェイは、誰よりも空に忠実だった。独りで寂しくても我慢して、独りで辛くても泣き言は言わないで。……そんなお前を、何故空が、母上父上が殺す?」
パイロンは、震える手で、シェイの冷たくて青白い頬に触れる。
「誰よりも! 誰よりも、貴方達を慕っていたシェイを何故殺すんだ、空よ! 答えやがれ、この馬鹿どもが!」
「パイロン…」
「……愛は危険じゃ。やっぱり、危険じゃ。……こんなにも、憎しみを与える。こんなにも、殺意を与える。…何もしなかった自分も憎いが…嗚呼……嗚呼ぁああ!!」
もう一度、今度は両手で地面に拳を叩きつける。俯かせたその顔に光る物が一瞬だけ見えたが、それはすぐに消える。
“雲の子、雲の子、泣かないでくれ、悲しいと”
「五月蠅い、泣いてなんかおらん! ただ、貴様らとオレの愚かさにむかついてるだけじゃ!」
“雲の子、これはゲームなんだ、たかがゲームの駒に感情など抱くな”
「…ゲームですって?」
その言葉に反応したのは、ハオだった。
元々鋭い顔つきで怖かった外見に磨きをかけて、より一層怖い顔つきになって、空を見上げる。
「ゲーム? ゲームと仰った? 母さま」
“そう、ゲーム。私たちの作った「物」が制作者に逆らえるかどうか、賭けていたんだ”
「…なんですっ…て…?」
私が怒鳴り声を上げる前に、ハオが怒鳴っていた。
「母さま、何よそれ! それじゃまるで、あたしたち、その遊戯に付き合わされるために、こんな苦悶を繰り返したの? シェイを独りに? 兄弟をバラバラに?」
“月の子、優しい月の子。お願いだ、心中で叫ばないでくれ。辛いと”
「…人の心を…人の心を、何だと思っているのよ!」
ハオは涙をそのままに、立ち上がり、剣をシェイから抜いて、光り輝く月に向ける。
敵対宣言、だろう。これは、明らかに。
シェイの体が宙に浮きかける。
空が、シェイを連れ戻そうとしているんだろう。
「駄目よ、渡さないわ」
「? 人の子、どうした」
「シェイを空が奪おうとしている」
「…絶対に、その手を離してはならんぞ」
「…判ってるわよ」
“愚かな。人の子、お前まで私たちに逆らうのか?”
「私はね、小さな頃は貴方達の唄が大好きだったわ。でも、今は大嫌い。こんな悲しい出来事をゲームと名付け、遊んでいた、予測していた唄なのね。大嫌いよ。そんな唄にシェイは渡さない」
“……良かろう、シェイはお前に預ける。だから、叫ぶな、心中で酷いと。どれも、私には耳障りだ”
「もっと耳障りにしてやろうか」
パイロンが馬鹿にするような笑い方をして、何か詠唱をする。
それも、いつもより長く、難しい単語が時折混ざり、光と桜がパイロンを包む。
風が地面下から沸きあがり、パイロンの髪を靡かせる。
「召還具現化魔法ね」
ハオが小さな声で呟いた。その言葉に、昔見た物語でしか存在しない魔法のことを思い出した。
召還具現化魔法。それは、自分のイメージに沿った魔物を召還…否、作り出して、それを敵に向けて、自分のイメージで操り、戦うという。想像力が大量に必要な魔法だ。そもそも魔法には想像力が必要で、常人以上の想像力を持ってないと使えないと聞いた。
大抵この魔法を使う魔法使いは、命を犠牲にしていた。それ程強い代償がいる魔法なのだ。
それでも、それを惜しげもなく大声ではつらつと呪文を唱えるパイロン。
「来,我仆人!」
扇を開き、外へ向かって扇ぐ。現れたのは、金色と銀色の二匹の竜。嗚呼、シェイをイメージしたんだな、シェイの悔しさを具現化したんだなってのが一目でわかった。
空へ竜が登ろうとしたとき、グイが飛び上がり、二匹の竜に立ちはだかる。
空へは行かせまいと、刀一本で二匹を相手する。
それに驚いたハオが、目つきをより厳しくして、唇を噛みしめた。
「だから、嫌いなのよ、あんたって。淡泊すぎて」
「嫌われても結構。空が己の全てだ。唄が己の全てだ。これがゲームだと言うのなら、仕方がなかったことなんだ」
「仕方がないことなんて、何一つありゃせんわ! 愚兄よ! 改?目?!」
パイロンが怒鳴るように、言霊を作る。二匹の竜は、何か命令されたのか、空への狙いをグイへの狙いに変えて、パイロンの手の動きに合わせるように、くねり、咆哮を。
一匹は、火の息を。もう一匹は雷の息を浴びせた。…だが、グイは無事だった。
グイ自身が何かをした訳じゃないと見える。
だって、魔法は使えないような発言を以前にしていたからだ。
「空の守護か…!」
パイロンが悔しげに、そう呟く。
その途端、パイロンが弾かれるように倒れた!ハオまで!
「大丈夫? どうしたの!?」
「……親認定の悪ガキだとさ、オレらは」
「は?」
「……呪われたのよ」