空の子供
「自分の親を殺せるか、人の子」
「……?」
「空に刃向かうと、呪いをくらう。世界に狙われる目印だ。魔物にも、人にも。親にも、自分にも。そして親の言葉は何より絶対的なんだ、夕子ちゃん。……それに、パイロンは、それをやると協定が……まぁいいか。何でもない」
「……何故、絶対的なの?」
「……何をやっても、最終的には、空には負けると思う。空は偉大すぎて……あたしの剣も届かない」
そういって、すらりと剣を鞘から抜き出して、空に突き刺すように向けるハオ。
「あたしの役目は、グイがMASKを殺したら、見つけたシェイを殺す役目。立場がグイと逆だったらよかったと思えて仕方がないよ。汚れ役は、あいつが一番似合う」
「何故シェイを殺さなければならないの?」
「理由なんて判らんよ。じゃから、理不尽じゃ」
「……――母さまは、シェイを殺したとき、判りますよ、って言っていた。シェイが死なないと始まらない物語なんだ」
「…で、どうするね、ハオ。シェイはMASKに取り憑かれて居る。今のも、多分、思ってないのに言ってしまったことだと……思いたいのう」
パイロンは扇を閉じて、何処か遠くを眺めるような目で、ハオを見つめる。ハオはその眼差しを受けると、凶悪的な笑みを浮かべて、殺すしかないでしょう?と答えた。
「邪魔をすると、言ったら――?」
その言葉に反応したのは、私だった。
パイロン……?
私がよっぽど間抜けな顔をしていたのか、パイロンは苦笑して私を見てから、目つきを元の鋭い眼光に戻して、ハオを見つめる。
ハオはパイロンには一切愛情などないんだろう。なんの躊躇いもなく、パイロンに歩み寄り…パイロンの鳩尾に二発いれる。
パイロンは驚いた顔をして、それから、すぐに目を閉じ…ばたり、と倒れる。
ぴくぴくと痙攣をしている。それほど、ハオの力が強いことを思い知らされる。
「雲の子は、欠伸よ」
ぞっとするような低い声でそうパイロンに言ったかと思うと、今度はハオは私を見つめる。
「事の顛末を知りたいのなら、ついておいで。但し、邪魔しないでよ」
瞬きをすると、ハオは尾の長い黒い鴉になっていて、空を飛び立っていた。
私は慌てて飛翔魔法を唱え、空を飛んで追いかける。
さっきの桜の咲いていた場所に、シェイとグイが居て。
シェイは何かを泣き叫び、私には判らない言葉で怒鳴っていた。罵倒しているのだろう。
そして、私の姿とハオに気づくと、涙を擦り、私に近づくこともしないで、桜を背中に、首を振る。桜吹雪が、シェイの叫びに反応してるように、ざぁあと舞い散る。
「嫌い、皆、嫌い! 皆、自分のことしか考えていない。皆、自分の安全だけ…」
「違うよ、シェイ。パイロンは…」
「人間、邪魔はするなと言ったはずだ」
ハオが私の首筋に剣をあてる。
そして小声で呟く。
――今のあの子に言うだけ、辛い思いをさせるだけだよ。
「グイ、退いて。MASKが本格的に逃げる前に、貴方を殺すわ、シェイ。どっちみち、MASKが死ぬのは、貴方を殺すときなのだから」
「……この日は、いつか来ると思っていた」
シェイは射抜くような怖い目をしていて、ぐるると喉を鳴らして、威嚇する。
瞬いた瞬間、竜となって、ハオに襲いかかっていた。
“夕子を、離せ!”
「グイ、加勢を!」
「承知」
シェイは鼓膜が破れそうなほど大きな声で鳴いて、ハオ達に襲いかかった。
まずシェイの咆哮。咆哮による台風並みの強風に、私の髪も、ハオの髪も靡く。否、私は体が揺れた。
「望み通り、離してやるわよ!」
私から離れ、それを真っ向から受けているハオは、身が吹っ飛ぶくらいの風を受けて居るんだろう。
でも、彼女が地面を触ると、彼女は微動だにしなかった。
何故飛ばないのか、首をかしげてよく見てみると、彼女を纏うオーラが大地と繋がっていた。オーラまで見られるようになった自分に吃驚した。私、魔力が強くなった…?
グイは、吠えられると吠え返し――竜よりも低い声で鳴くので、驚いた――、地を這うように駆け抜けて、まず足を、抜刀と同時に薙いだ。
シェイは足を斬られ、夥しい程の出血をして、がぁおんと悲痛の叫びを。それがなぜだか、泣き声に聞こえた。自分たちの役目を、悲しんでいるような、泣き声に。
そして、その隙にハオは、大地から手を離し、大地とはオーラも離れ、背中に翼だけを出して、飛び立ち、シェイの目に剣を突き刺す。
突き刺すのは成功して、シェイは首をぶるんぶるんとふって、頭突きをしようとハオたちに体当たりをする。
ハオは頭突きをもろにくらい、地面へ叩きつけられ、グイは見事に交わしていた。
飛んでる方が自由に動けないのか。
シェイは、ただただ鳴いて、暴れていた。暴れていたといっても、ただ身をくねらせるだけの行動だけだったのだが、シェイの図体では、竜の図体では、暴れているも同然だ。
がぉん、がぉん、と身をくねらせ、痛みを教える。だがそれも数瞬で、見るだけで気持ちが温かくなるような淡い暖色系の色がシェイの体を包む。
「シェイ、それでもあんた太陽の子なの!? 闇魔法に…ッ頼ってんじゃ、ないわよ!」
シェイが腹を地につけてるのを狙って、刀を横一直線に突き刺したまま走り、腹に綺麗とは言い難い赤い線を引かせるハオ。駆け抜けると同時に、血しぶきを立て続けに浴びる。
シェイは、泣き叫ぶ。痛い、痛いと。
微かに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。遠くで。ずっと耳の奥深くに。
私は駆け出し、シェイに近づく。
「日野! 近づくな、危険だ!」
「だって、シェイが呼んでる! 痛いって泣いてる!」
「痛いと泣いてるからどうした? シェイをMASKごと殺さねば、この戯曲は終わらん」
「あたしだってね、シェイの心配はしたいわ! でも、これが母さま達の意志なのよ!」
「そんな意志、捨てちゃえばいいのよ、MASKだけ殺しちゃえばいいのよ! シェイが死ぬ必要なんて、何処にもないのよ!」
一瞬時が止まった。
否、時が動き出したのかもしれない。狂った歯車が回り出したのかもしれない。
シェイが、私にすり寄って、ぐるると鳴く。
私は、シェイを撫でてやり、何度もほおずりを。
可哀想に、しか言えない自分が居た。痛かったのね、なんて聞けない。
だって、闇魔法は中途半端にかかっていて、目から流れている涙のような血を見るだけで、痛いのはよく判ったからだ。
「シェイ、シェイ、可愛い竜の子。大丈夫よ、私が居る。未来の大魔法使いがいるわ」
“夕子、夕子、可怕…”
私はシェイの頭を優しく撫でてあげる。
でも、その度にシェイが可怕と言う頻度が高くなっていく。
何が怖いの、坊や? 剣? 刀? あの二人? それとも襲ってくる痛み?
次の瞬間は、動けなかった。グイが、私の腹をシェイごと刺していたから。
「……人間は殺しちゃいけないんじゃなかったっけ…?」
「殺さなければいい。死ななければ良いんだ」
「……屁理屈よ、それ…て…」
私が倒れる…前に、シェイは人間の姿に戻って、私を抱きかかえた。
「夕子! 夕子! …待って、待って! 今闇魔法を…」
「シェイ、闇の魔法は使うな」
「でも、でも!」