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Another "full moon"

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満月の夜、かぐや姫は天女と共に月へ還った。不死の薬を渡された帝は、姫のいない世に独りで生き続けることなど出来ぬとして、家来数人と”天に一番近い山”へと登り、頂でその薬を燃やした。のちにその山は富士山となる。
 月に関連した話となれば切なく哀しいものが目立ってくる。その所為か、彼女が夜空を見上げて愛おしそうに月を眺めていると、彼女もいつか月へ還ってしまうのではないかという不安に駆られるのだ。
 茶色の艶めく癖毛、きらきらと潤む大きな瞳と時折染まる小さな頬。ぷっくりとし、無意識のうちに僕を魅了する唇。すらっと伸びる首筋、さらりとしたデコルテ、その先にある柔らかな双丘。腕や脚は細く長く、他人の眼に晒すのが惜しいくらいだった。

 でもいつかは―――。

 不穏な未来が僕の眼前をちらついて落ち着かなくなる。
 強制的に追い出された校舎を睨み、自転車置き場まで小走りで駆ける。ブレザーのポケットから自転車の鍵を取り出していると、夜空を見詰めている彼女が、こちらには目もくれず話し出す。
「ねぇ」
 白い息が見えない塵を包み込み、消えていく。
「なに?」
 あれ、と言って彼女は夜空に人差し指を突き刺した。
 彼女の折れそうな指先を目で辿ると、闇に浮かぶ星たちが輝いている。
「オリオン座。今日は何故か、特別はっきり見えるの」
 自転車を押し、彼女の元まで歩み寄る。近づくにつれて彼女の存在は何処か遠くにいるようで。そう、まるであのオリオン座の元へと近づいているような錯覚がして。
「今日は多分、機嫌が良いんだよ」
 ふうん、と唇を尖らせた彼女は、僕の方に顔を向けてそれと、と続ける。
「オリオン座の一つに、それも飛び切り心の惹かれた一つよ? その一つに毎日願い事をするの」
 そう言って、彼女は両手を合わせて項垂れた。彼女のかけている眼鏡の奥では、まつ毛が切なげに揺れる。
「願い事……」
 ぼそりと呟いてから、細かに震える彼女のまつ毛を見詰めているのが辛くなったので、僕も自転車止めをかけ、一番右上の星に手を合わせてこうべを垂れた。
彼女が口を開くまで二人でオリオン座に願いを囁く。
「毎日欠かさず願い事をすれば、その願いは叶うのよ。まぁ、たまたま見かけた雑誌に載ってたおまじないなんだけど」
「そっか。叶うといいな、君のも僕のも」
 流石に欲張りかな? と首を傾げると、そんなことないわ、と返ってきた。
「星には不思議な力があるのよ、きっと。そもそも夜空に、いえ、空に、私たちは未知の力や運命、その他計り知れない事の諸々を、託したいのよ」

 彼女はあのオリオン座のどの星に、どんな願掛けをしたのだろう。
 それにしても、星の散らばった夜空に目を向ける彼女は美しく、またその夜空も美しく、そしてどちらも胸が痛むほどに儚い。

僕に微笑みかけた彼女は、帰りましょうか、と言って二歩先を歩き始めた。
作品名:Another "full moon" 作家名:もの