あの日の青写真
几帳面にアイロンが掛けられたテーブルクロスに、カラフルなパンジーの写真が映えていた。これは確か、あのときのものだ。
大学を出て独り暮らしをしていたころ。ある日、アパートの新聞受けに白い封筒が入っていた。一切文字のないそれを開けると、カメラのフィルムひとつだけが包まれている。友人を当たってもみんな知らないと言うし気持ち悪くて放っておいたけど、やっぱり日に日に気になってきた。めったに行かない写真屋に足を運び、現像を依頼。翌日取りに行くと、若い男の店員は「こちらになります」と出来上がった写真二十枚を示して見せた。どれにも、きれいな花が収められていた。
それから毎週、律儀にも決まって月曜日にフィルムが届けられた。わたしが家にいない時間。そして毎週、わたしは写真屋に行った。部屋には植物から建物、動物などありとあらゆるジャンルの写真があっという間に集まった。素人目にも、よく撮れている。
悪い気はしなかった。それどころか、わたしは月曜日を楽しみにしていたのである。
「写真、趣味なんですか?」
いったい誰が、と思う暇がなかったのはあの店員のおかげ。必然的にわたしたちは週一で顔を合わせ、気づけば中途半端な田舎である地元から出て新宿や渋谷にいた。さらに気づけば、お互いの家を行き来する間柄になっていた。
彼に例の写真の詳細は話さなかった。ストーカーつきの変な女だと思われたくなかったし、そんなことを考えている余裕も皆無だった。妹の友人が……ということにしていた週刊のフィルムも三ヶ月後、始まりと同じく唐突に、ぱったり途絶える。一抹のさみしさを感じるも、つかの間。
「だから実はあのフィルム、恋のキューピットだったんだよね」
はじめてこの話をした。彼は「あはは」とうすく笑い、
「ロマンチストだなあ。計算と賭けが成功しただけさ」
やたら得意気な顔で、娘にレンズを向けている。
おわり