顔が好き
第一印象なんて遠く彼方で覚えてない。
偶然だか運命だかに引き会わされて、気付いたらずっと肩を並べていた。私とミモリは、そういう関係だ。
となりにいれば、試練のように比較される。ありとあらゆる能力、性格。ことごとく負けた。今でも私がミモリに劣等感を抱かなくて済むのは、容姿と身長くらい。
ミモリはそういうの、全部ちゃんとわかっている。手加減と勝ち気な性質をうまいこと配分して、私の精神をぐらつかせてきた。悪賢い奴だと思う。
「やっぱり雛ちゃんたちって似たもの同士だよね」
へらへらと口元をゆるめ、クラスメイトは言った。
死ぬほど癪だけど、そうだ、私たちはとても似通っている。ミモリは私の五倍器用で、私はミモリの十倍負けず嫌い。
ようするに、私だけがフラストレーション溜まりっぱなしってこと!
この敗者が優位に立てる事柄がただひとつある。情事だ。……しょっぱいエロマンガみたいだけど、現実はもっともっと低俗。
プライドも理想も高いのに、あのままの環境でやっていけたワケない。こうなるのは予定調和だった。必然だった。
私はミモリの、苦渋に耐える顔が好き。ローファーのかかとで急所を蹴っても、制服のネクタイを力いっぱい締めても、泣くまいと片意地張って歯を食いしばる顔が大大大好き。
長い睫毛が伏せられて、喉より奥から嗚咽が漏れて。私は歪んだ征服欲を満たすことができる。そんなモンまっすぐである筈がないんだけどね、そもそも。 情事なんてカッコついたものじゃ本当はなかった。ただの暴力であり、逆恨みであり、浅木雛乃の憂さ晴らしである。
発端は今から三年前、中三の秋。忘れてきた服を取りにミモリの部屋を訪ねると、私のお気に入りのトミーガールのパーカーを握りしめ、肩で息するミモリがいた。なにしてるの、と意地悪く問えば
「オナニー」
と状況にそぐわず冷静な声を返される。
私はつかつかと(つっても室内だから靴下だけど)ミモリに歩み寄って、にっこり笑った。
「私のことが好きなんだ?」
一瞬にして、はじめての勝利を確信していた。十五年間味わった悔しさがやっと軽減される、ミモリを凌いだ場所に行ける。有頂天になりながら半裸を見下ろした。
「性的対象ってだけで、好きではないかな」
なのになのになのに。あいつはどこまでも私をコケにする。
いや、でもそれはそれで使えないこともないのかな。ってまわりくどい二重否定のもと、数分後私はミモリを脅迫した。
ケイタイは便利。あられもない姿の写メを突きつけると、
「これを世界中の掲示板という掲示板に壁紙サイズで貼って回られたくなかったら 」
「どうすればいい?」
驚くほど簡潔に話が進む。ミモリは私の要求をあっさり呑み、お互い満更でもなかったため、こうやってダラダラとSMのまねごとが続いているのだ。
私は思いつかん限りの言葉で、所作で態度でミモリを痛めつけてきた。最初にミモリの血を見たとき、全身がえもいわれぬ充足感に包まれたのを忘れられない。セックスで得られる快感の比じゃ、到底なかった。
細い太腿を赤が滑っていくのを眺めると、何故だろう被虐精神も同時に疼く。
ミモリのワイシャツを手荒く剥いで、みぞおちに爪で十字を切った。瞳のなか、窒息寸前みたいな色が浮かぶ。眼下で冷や汗をいっぱいかく白い肌にくらくらした。
「壮観にもほどがある」
熱っぽく酔ったままデジカメを取り出し、かるく十枚。被写体は無言でシャッターを切られている。
無言で?
おかしい。写真は毎日のように撮ってきたけど、ミモリが反応を示さない日などかつてなかった。
「ミモリ、なんかあった?」
ほんの少しの沈黙が、私には騒がしくて。
「部活の後輩に告白された。OKしようと思う。から、コレは今日で終わり」
世界がキラリ暗転する。
翌日私はミモリの高校に乗り込んだ。
校門を通り抜けたそのとき、ひょうひょうとした雰囲気の男子生徒に呼び止められる。ミモリが所属する陸上部のショルダーバック。
「一目惚れって言われた」
「そんな男、ミモリのなにが好きだってゆーのよ!」
ゆうべのやりとりと、憤りがよみがえった。彼はそわそわした面持ちで、ぎこちなく視線を合わせてくる。
「ごめんなさい」
「えっ」
「申し訳ないけど、この前の話は断らせて」
そっか、と沈み彼はため息をついた。私は素早く踵を返し、校舎に背を向け歩き出す。
「あれ、帰るんですか美森先輩」
「うん。助けに行かなきゃ」
「?」
私の部屋で手足を縛られ、口を塞がれてる双子の妹をね。
おわり