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金縛り

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 ねぇ、昨日金縛りにあったの。正確に言うなら、金縛りにあった夢を見たってところなんだけど。決して心霊現象なんかではなくて。あれって科学的には、体はまだ寝ているのに、脳だけが先に起きてしまっている状態なんだってね。

 ふと目が覚めると、体をピクリとも動かすことができないの。隣りには夫の布団があって、わたしを背にして、横向きで寝ている。視界の端っこで、息遣いまで感じられた。
 いつも寝ている和室。わたしは口元までタオルケットを被って、仰向けになっていて。枕元には携帯と眼鏡。どこに何が置いてあるのかは、手にとるように分かる。なのに、体だけが動かない。わたしは、ああ、またかって思った。でも、やっぱり、体が自分の意思で動かないっていうのは、すごい恐怖なのよ。毎度のことでもね。

 そのうち、もしこれが本当に霊的なものによる仕業だったら?なんて考えてしまってね。所詮は夢。だからこそ、わたしが想像しうるあらゆる恐怖は、具現化することができる。そういうことでしょ?

 黒い影、憎悪と怨念の塊が、一歩一歩わたしに近づいてくるの。ゆっくりと、着実に。
 わたしは、必死で体を動かそうとした。まずは左腕。もちろん、持ち上がらなかったけど。強い粘着シートで貼り付けにされたような感じ。指先から、一本一本、剥がすように力を振り絞る。肘から下が、一センチ、二センチ、やっと持ち上がったと思った。でも、その瞬間、バタンっと寝床に叩きつけられるの。何度か繰り返したけどね。
 何者かは、ズルズルと、畳の上を引きずるように、近づいてくる。得体のしれない恐怖が現実味を帯びて、どんどん形作られていく。心臓が、飛び出そうな程に脈打っていたわ。早く起き上がらなくては!
 こうなったら強行手段。一か八かよ。一気に、頭から振りかぶるように起き上がろうとしたの。けど、寝返りを打つことさえできなくて。

 ダメだ。もう。
そう思ったとき、わたしは思わず声を出していた。必死の威嚇ね。うぅーって。始めは声にならない声。段々と、お腹から、うおぉぉーっ!って。自分でもはっきりと声が出たことがわかった。
夫が起きるんじゃないかと思ったけど。ううん、起こさなくてはいけないって。そう思い直した。

 そうして、夫の存在を感じたからかもしれない。半覚醒の、覚醒の比率がちょっと上がったのかしら。霊的なものに対する恐怖感が、すっかり消えたの。
 そういえば、此処の所、睡眠不足だったから。わたしの肉体はまだ休みたがっている。無理をして起きなくても大丈夫。

 少し冷静さを取り戻したのも束の間だったわ。今度は別の恐怖が頭をよぎった。ついさっき、あれだけの呻き声をだしたのだものね。
夫は今にも目覚めようとしている。でも、わたしの体は動かない。このままだとどうなる?何度声を掛けても反応がないわたしをみて、夫は救急車を呼ぶだろうか?間違って死んでいると思われたらどうしよう?早く起き上がらなくては!

 でも、全身に力を込めれば込める程に、強力な見えない糸で動きを阻まれるよう。もがけばもがく程に、言葉にならない。
 ベッドに括り付けられた精神病患者のように。それとも、エクソシストに悪魔払いをされる少女のようにね。想像してみて。

 ただ寝ているだけなのに。朝が来たら、自然に目が覚めるはずなのよ。わたしは、どうにかして伝えようとした。でも、どんなに焦っても、ジタバタすることすら、ままならなかった。

 息しているでしょ、ほら?呼吸に集中すると、途端に息苦しくなった。心臓も動いてるでしょ?こんなにも力強く。心臓の鼓動を感じると、生をアピールするかのようにドクドクと速度を増していった。別の意思を持った生き物のように。力尽きるまで暴れるのだろうか。
わたしは圧倒されて、気が遠くなって。

 ねぇ、そうして、わたしの意識は、薄れていったのよ。
作品名:金縛り 作家名:月島聖