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日陰を歩く

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先生と生徒



*



8月の初旬ともなれば日差しは強く、蒸し暑い昼下がりの空は憎らしいほどに青い。雲一つない青空といえど、気持ちの良い晴れと言いきれないほどに暑い。

夏休みの只中、校内には部活動をしている生徒と、指導のために出勤している教師しかおらず、授業期間中とは比べ物にならないほど閑散としている。
そんな中、3日後の補習の準備を終えて帰路についた青年は、欠伸を漏らしながらやはり暑いのは嫌いだと独りごち、日陰を選んで歩いていた。

青年はこんなにも蒸し暑い中でも長袖のワイシャツにネクタイをきっちりと締めており、暑いと文句を言っている割には涼しげな顔をしている。ふわ、と時折頬を撫でる温い風は濃紺のネクタイを翻し、水色のワイシャツを揺らす。

「――先生!」
聞き覚えのある声に、青年ははたと足を止めた。振り返れば、セーラー服の女生徒が此方へと駆け寄ってきていた。近付いてくる白いセーラー服は陽の光を反射し、青年は眩しさに目を細める。
「――おや」
「ハア、やっと追いついた……先生ってば歩くの早いんですね……」
「……そうでもないと思うが」
先生と呼ばれた青年は相変わらず涼しい顔のままそう答えると、おもむろにズボンのポケットからハンカチを取り出した。
「――これで汗を拭きなさい、放っておくと風邪を引きかねない」
女生徒は少し逡巡した後、頬を緩めながらそのハンカチを受け取った。
「……ありがとうございます、使わせてもらいますね」
受け取ったハンカチで、女生徒は額の汗を拭う。
女生徒の切り揃えられた前髪が額に張り付いていた。
ふう、と女生徒は一つ息を吐いてからもう片方の手に持っていたプリントを青年に差し出す。
「はい先生。これ、駒沢先生から頼まれたんです」
「ああ……わざわざ済まないね、私への用はこれだけかな」
「えっ、あっ、えーっと……――――先生は夏、好きですか? 」
言われて女生徒は、少し考えてそんなことを質問した。
取ってつけたような質問だが、青年は特に気にした素振りも見せず顎に手を当てて考え込む。
「――どちらとも言えないな。夏に食うかき氷は好きだが、暑いのは苦手だな……そういう君はどうなんだい? 」
少し間を置いてから青年は至極真面目に答えると、今度は女生徒に質問を返した。
「私ですか? そうですね……、私は暑いのが嫌いなので……夏はあまり好きになれないです」
女生徒は苦笑しながらそう答え、言葉を続ける。
「でも意外でした。先生っていっつも涼しそうな顔だから、暑いのが苦手だなんて思わなかったです」
「大の苦手だよ。……ああそうだ、丁度部活動も終わった頃だろう。アイスクリームでも食べにいかないか。君には暑い思いをさせてしまったしね、私が奢ろう」
青年の突然の発言に、女生徒は驚いたような顔をする。
あの堅物で有名な先生が、アイスクリームを食べに行こうだなんて。
「――いいんですか? 」
「勿論だとも」
「やった、じゃあお言葉に甘えます」
女生徒がそう言うと、青年はほんの少し目元を緩める。
「なら早速行こうか。あっちの方に新しい甘味処ができていて……しかしどうも男一人じゃ入りづらくてね」
「……先生って、甘いものが好きなんですね」
「意外かな? 」
新しい面を知ってかどこか嬉しそうに言う女生徒の言葉に、青年は首を傾げる。
「ええ、とっても」
ふふっ、と笑いを漏らしながら女生徒は答えた。
「――あ、そうだ先生。このハンカチ、洗ってまた今度返しますね」
女生徒は肩に掛けたカバンを持ち直し、手に持ったままだったハンカチをポケットに仕舞おうとする。
「別にそのままでもいいんだが」
「私がよくありません」
女生徒のきっぱりとした返答に、青年はまた少しばかり思考を巡らせる。
「……そうか。なら、好きにするといい」
そうあっさりと言うと、青年は女生徒に背を向け、新しい甘味処を目指すべくまた日陰を選んで歩き出した。
「あっ、待ってください先生! 」
女生徒はハンカチを今度こそポケットに仕舞うと、歩みの早い青年の元へとまた走っていった。


*

作品名:日陰を歩く 作家名:しとろ