なんてことない日常
夏も既に中頃というこの時期、中井川央(なかいがわひさし)は真新しい、い草の香が漂う和室に居た。
ただ何をするでもなくぼーっと和室の畳に大の字で寝転び、染み一つ無い木目調の天井を見上げる。
どこか虚ろに見える視線で中井川が天井を見つめて居れば、
「央さん」
若い男の声がかかった。
中井川は声を発すること無く、ちろりと視線だけで男を確認した。
黒い髪に、黒い瞳。低くも高くもない小さな鼻に、小さな唇。
どこにでも居そうな、街などではその他大勢に埋まりそうなそんな容姿の男は中井川の視線に気付くと、ゆっくり小さく微笑んだ。
「お昼の準備が出来ましたよ」
「……あぁ」
「ほら、起き上がってください」
返事だけでいっこうに動く気配のない中井川に苦笑しながらも、自分の手を差し出し、起き上がらせようとする。
そんな男の様子に、中井川は一つあくびをもらした。
「なぁ、なんでお前はいつもそう一生懸命なんだ? 疲れないのか?」
「え?」
「俺から見て、お前は忙しない。生き急いでるように見える」
「はぁー、きっと央さんから見たら誰でも忙しなくて生き急いでるように見えると思いますよ。って、そんなことはどうでもいいですから、いい加減起きてご飯食べてくださいよ。じゃないと、オレが光枝さんに怒られちゃいます」
「なんだ、光枝も居るのか」
「そうですよ。だから早く……」
「……飯はいい。寝る」
「ちょっ」
中井川は差し出された手を無視して、横に寝転ぶとそのまま目を閉じた。
「もう! 後でお腹が減ったって言ってもしりませんからねっ」
「蒼依(あおい)」
「っ、なんですか? やっぱりご飯食べたいって言っても……んっ」
「…っ…少し黙れ。で、ここにこい」
軽く黙らせるために重ねた唇を解き、自分の隣をぽんぽんと中井川が示せば、
「……嫌です」
少しだけ顔を赤くした蒼依はふいっとそっぽを向いた。
「蒼依」
「~~~っ後で光枝さんに怒られたら全部央さんが悪いって言いますからねっ」
「あぁ、別に構わない」
「まったくもう」
一つため息を吐いて、蒼依は中井川の隣に同じように寝転んだ。
「おやすみ」
「はいはい、おやすみなさい央さん」
自分に抱きついてくる大の大人に苦笑いしながら、いつしか蒼依も穏やかな眠りへと誘われていた。
それから数分後。
「あらあら、ほんにしょのない子達」
静かな寝息と涼やかな風鈴の音に、明年の女性の苦笑が静かに混じった。