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我的愛人 ~涙あれども語り得ず~

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流転②



人いきれでむせかえりそうな混雑した貨物列車の中、私は嫮生をしっかり抱いてひたすら発車を待っていました。皇后様のあの悲痛な叫びはまだ耳の奥底にこびりついて消えません。押し合うように詰め込まれた人々の隙間をぬって窓ガラス越しに外を見ても、あの八路兵が言っていたような、皇后様を乗せた馬車の姿は影も形もありません。
 どうか悪い予感は当たりませんように。八路兵が本当に皇后様も一緒に連れてきてくれますように!

「お母様、大丈夫?」
 嫮生の大きな真黒な瞳が私を覗きこんでいます。つるりとした光沢のある無垢な瞳。
「ええ、大丈夫。さあ、もうすこしの辛抱よ。きっと日本に帰れるわ」
 嫮生を励ましているのか、それとも自分を励ましているのか。
 そうだ。私がしっかりしなければ。娘のあどけない笑顔を見て私は自身を奮い立たせました。なんとしても日本へ。もう一人の娘慧生の待っている日本へなんとしても帰らなければ!
 列車はゆっくりと動き出しました。
 皇后様、どうかご無事で。
 1946年。私は清王朝最後の皇后である婉容様とも離ればなれとなり、一路佳木斯へと向かったのでした。

 その後の私と嫮生はというと──佳木斯で一度釈放され葫芦島にたどり着いたものの、またその地で今度は国民党に拘束されてしまい上海へと移されました。けれど幸運にもこの地で田中元大尉の助力を得て脱出し、最後の引揚船に乗りこむことができ、翌1947年にやっと念願の日本の地に帰りついたのです。
 一年八カ月に渡る私の流転の日々はようやく終止符が打たれたのでした。

 後に聞いたところによりますと……私と別れた後の皇后様は朝満国境近くの図們に移され、私の願い虚しく独り淋しくその生涯を終えられたとのこと。
 まことにおいたわしきその人生でございます。